ヌルデ の山 12 月 1 週 (5)
ついにできたブリッジ   池新  
 【1】天井と床がひっくり返って、天井が近づいてきた。一秒、二秒、三秒……、自分で数を数える。八秒。体の力が抜けた。またひっくり返って、今度は床が近づいた。同時に僕は思った。
「これで大丈夫だ。目標を達成したぞ!」
 【2】夏休みの課題の中で、僕の体にいちばん重くのしかかっていたのは「八木節に向けての体力作り」だった。
 八木節とは、団体でやるダンスの演目だ。その中に、両手と両足を使って仰向けのまま体を持ち上げ、ブリッジをする場面があった。
 【3】僕は太っていて体が重いので、これは大変な作業だった。なにしろ、これまでやってきたブリッジでは一度も肩が上がらなかった。そのほかは確実にやりきる自信があったが、ブリッジは苦手だった。【4】しかも、八木節は、運動会と三ツ沢(みつざわ)競技場での発表会と、二回も踊らなくてはならない。不安は積もっていくばかりだった。
 そんなわけで、僕は母にコツを教えてもらおうと思った。母は趣味でダンスをやっていたので、体の動かし方というのをよく知っていた。
 【5】母によると、重要なのは手のつき方だそうで、僕は正しいつき方をしていなかったらしい。だが、母に教わった手のつき方をしても、頭はまだ上がらない。なんとか頭をついたままのブリッジだけはできるようになったので、運動会では仕方なく頭つきでやった。【6】成功したが、満足はできなかった。
 僕は、三ツ沢(みつざわ)競技場の発表会までに、なんとかブリッジを完璧にしたいと思った。頭つきだと、どうしても肩が下がり気味で、「へ」の字型のブリッジになってしまう。僕は、もっときれいにやりたかった。∵
 【7】練習あるのみと思った僕は、体育のときも頭をつかないブリッジにチャレンジしてみたが、やはり途中で倒れてしまうのだった。
 僕は、学校から帰るときも、歩きながらどうしたらいいか考えた。
「できないわけはない。今度は手と足に全力を込めてやってみよう。」
 【8】こう前向きに考えたのがよかった。
 家に帰ってカバンを置くと、さっそく考えたとおりにやってみた。仰向けに寝て、手を正しくつく。一度深呼吸をして、手足にぐっと力を入れ、一気に伸ばした。肩がまったく床から離れようとしてくれない。【9】手に満身の力を込めた。それでも肩は上がらなかった。
「できないわけない。」
 自分を励ましながら、必死に体を持ち上げた。だんだん天井が近づいてくる。そして、ついに肩が床から離れた感じがわかった。目標を達成できたのだ。
 【0】起き上がったとき、まるで世界そのものが自分の体とともに一回転して、がらりと変わったような気がした。
 人間は、目標を達成することで大きな自信をつけることができる。だが、そのためには、その目標をどうしても達成しようとする意志の力が必要だ。「意志のあるところに道がある」。僕は、英語の先生に教わったことわざを思い出した。

(言葉の森長文作成委員会 ι)