レンギョウ2 の山 2 月 3 週 (5)
★(感)悪童たち   池新  
悪童たち

【1】春休みの悪童たち
所在なしに
わが家の塀に石を投げる
石は
古びた塀をつきぬけ硝子窓に命中する
【2】思うに
キャッとばかり飛び出してゆく私の姿を
見ようがための悪戯で
桜の木から偵察兵のちびが
するすると逃げてゆくのを目撃した
花泥棒とか実を盗むのならかわいいのだけれど

【3】ある日
とうとう一味の三人を掴えた
   学校名を言いなさい! 何年生?
   だれがしたの?
   あなたたちの家 どこ?
   あなたたちのお母さんに
   言わなければならないことがある!
【4】一味は頑として口を割らず
逃げた首謀者を庇っている
かれらにはかれらの掟があり
沈黙は抵抗運動の仲間のように完璧だ
私の叫びを不敵な笑いで眺められると
ぎりぎりと拷問しても
泥を吐かせたいさざなみが立ってくる

【5】アルジェリア!
腐臭が薫風にのってくる
わが青春の日に讃えたフランスの魂は∵
十数年で錆を呼んでしまったのか!
   おまわりさんを呼んでくる
   という一言をぐっと押え
   割られた窓を繕いに
   私は顔をあからめてくびすを返す

【6】次の日は戦法をかえる
塀に石の鳴る時刻
私はほんきでやさしい気持を作って出てゆく
   あなたたち そうしないでね
   自分の家の塀にそうされたら
   困るでしょう
   硝子を割られると本当に困るのよ
【7】ガラスはもはやガラスではなく
微妙であやしげな人間の権利そのもの
顫(ふる)えだ
子供たちはウンという
【8】やさしい言葉で人を征服するのは
なんてむつかしく しんどい仕事だろう
悪童の顔ぶれは毎日違い
私は毎日出てゆかねばならない
【9】遠視の眼鏡をずりあげながら
シャボンの泡だらけになりながら
菜切包丁を持ったりしたままで
塀ひとつむこう
夕暮などは
蚊柱のように群れている子供たちの広場へ【0】

(『茨木のり子詩集』より)