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  12月の森リンベストワンから(中高生)
  作文を長く書くコツ(雨/ばば先生)
  うさぎを飼い始めて思ったこと(ひまわり/すぎ先生)
  読解力(ミニー/さらだ先生)
  不自由の中の自由
 
言葉の森新聞 2005年1月3週号 通算第871号
文責 中根克明(森川林)

12月の森リンベストワンから(中高生)
 シーラカンスさん(中1)の「行列本来のよさ」の一部です。
 社会実例をうまく使って、語彙を豊富に書いています。
 一つの文に一つか二つ読点を入れておきましょう。読点の打ち方は、ここを参考に。↓
http://www.mori7.com/mori/20021101.html#1433

 その理由は第二にルールを守らないと混乱が起こるからだ。データとしてはテーマパークで有名な東京ディズニーランド・シーの合計入場者数が3億人をこえるという実例だ。ここは場内の管理がしっかりしていてその時間帯に一枚だけ取れるファストパスというものがあって無料でもらえる。また辺りを見まわしてもゴミが落ちていることなんてめったにない。子どもは行列で長い間待ち続けることを嫌う。そこでアトラクションを増やしたり、一ゲームを短くする工夫をしている。


 ミュウさん(中2)の「断ること」の一部です。
 断ることが苦手な日本人という話を、昔話を引用してユニークにまとめています。
 「……惜別し、断れなかった」は、日本語の文としてやや不自然か。しかし、難しい語彙を使おうとしたところはよく努力しています。
 点数が高いので、更に高度な注文をつけると(笑)、「……のである。……のである。」と同じ文末が続くところはもう一工夫。

 日本昔話に「浦島太郎」という物語がある。彼は、海亀を助けて竜宮城に行き、贅沢な持て成しを受けた。しかし、竜宮城の皆が親切にするため、惜別し、断れなかった。長時間過ごすつもりはなかったものの、数十年過ごしてしまったのである。玉手箱を貰おうなんて思わなかったが、城内の者を悲しめたく、そして、残念にさせたくないと思ったから、結局は受け取ってしまったのである。この物語には、日本昔話だけあり、日本人的なことが描かれている。


 プーさん(中3)の「言葉を大切にすることは」の一部です。
 社会実例を具体的なデータを入れて引用しています。引用の仕方の理想は、自分が本などを読んでよく知っているものを噛み砕いて使うことです。ヒットラーの伝記では読みたくないでしょうから(笑)、同時代の「アンネの日記」などを読んで生かしていくといいでしょう。

 そのための方法としては第二に異なる文化の言葉も尊重していくべきだ。ヒットラーと言う一人の人物がいる。その人の伝記を見るとこう書いてあった。1889年4月20日、オーストリアBraunau Am Inn(ドイツババリア地方との国境付近) という小村に生まれた。そして彼は反ユダヤ主義者となりドイツを動かしていった。ユダヤ人の文化を尊重せずに大量に虐殺をしてしまった。


 カノンさん(高2)の「流転の時代に」の一部です。
 特許という社会的な話を、微生物という自然科学の分野の実例にあてはめてうまく説明しています。
 森リンの採点によると、文の長さの平均が46字で、20字以下の文が一つだけとなっています。短い文をところどころに入れ、文の長短の変化を出していくと更にリズミカルな文章になると思います。

 また江戸時代の享保六年(一七二一年)には、新たに物を作り出すことを禁止した「新規御法度」なども出され、新技術を拒否する動きが見られた。ここにきて日本は産業面で大きく飛躍したが、まだどこか鎖国時代のように、変化は悪だといった消極的な考えがあるように思われる。
……(中略)……
 微生物は何万年も前から進化もせず、単細胞のままで生存し続けている。なぜ、微生物が進化しないのかと聞けば、それは生きていく上で進化する必要がないからである。生物とは基本的に進化しないのが普通であって、進化する生物は周囲の環境などに適応しないと感じるから、変わっていこうとするのである。この定義は人間にもぴったり当てはまっているように感じられる。
 
作文を長く書くコツ(雨/ばば先生)
 木々の葉も落ち、すっかり冬ですね。春や秋は短いです。満開の桜も一晩の雨であっという間に散ってしまうし、色とりどりの紅葉も木枯らしが吹けば、これまたあっと言うに紅葉のじゅうたん。そんなあっと言う間の出来事、「きれい」というたった一言の気持ちをいかに読み手に伝えるか。今回はそのコツです。

 まずはじめにリラックスしましょう。今から書こうとしている出来事を思い出してください。はじめはぼんやりとしか思い出せないかもしれません。「忘れちゃった」とあきらめないで、しばらくぼーっとしてくださいね。
 昔のことを正確に思い出すなんて、はっきり言って無理です。だから自分の中でイメージを広げてドラマを作るのです。作文を読む人に自分の思いが伝わればいいのです。ではどうやって? まず質問をたくさん用意しましょう。たとえば―
   音は? 色は? においは?
   寒かったか、暑かったか?
   一番はっきり覚えているのは?
   なぜそうなったのか? なにを思ったのか?
 などなど、思いつく限りの質問を自分にしてみましょう。質問はなんでもいいです。答えが分からなくてもいいです。大事なのは自分に質問し、自分で「えーと」と考えることです。そうするとだんだんと一つのドラマができあがってきます。
 
 作文であなたが一番言いたいことは何ですか? いつもは「びっくりした」「きれい」「うれしい」と一言で終わってしまうことも、ドラマの中に自分がいればもっとたくさん言いたいことが出てくるでしょう。そこで次の質問です―なぜそう思ったのか。例えを書きましょう。
「ある朝、私はヨチヨチ歩きの娘を連れて紅葉のじゅうたんをゆっくり歩いていました。その美しさといったら! 真っ赤な葉や黄色の葉の中によく見ると半分赤くなったものや、見たこともない不思議な色もあります。自然の神秘に感動して、じゅうたんがいっそう美しく見えました。でも、毎年この紅葉のじゅうたんができるのに……今年はなぜこんなに心が動くんでしょう。平凡な一日なのに。私は考えました。去年生まれた娘の成長ぶり、母親二年生の私、平和な日常生活。それは今まで体験したことのない秋です。そしてなにより国内外でおきた悲惨な事件を考えると、自然と平凡なことがどんなに幸せなことか。その感謝の念が私をますます幸せな気分にさせ、ますます紅葉を輝かせるのです。」
 
 最初からなかなかうまくできないと思いますが、続けているうちにだれにでもできるようになりますよ!
うさぎを飼い始めて思ったこと(ひまわり/すぎ先生)
 つい最近、先生(すぎ)はうさぎを飼い始めました。前から飼っている二匹のハムスターと合わせて、我が家のペットは三匹(本当はうさぎは一羽、二羽と数えるのですが。)になりました。
 せっかく家族になったので、お互いの気持ちを分かり合えるのが理想なのですが、まだとてもそこまではいきません。毎日声をかけたり、なでたりして、やっと警戒(けいかい)しないで、気が向くとひざの上に乗ってくれるようになりましたが、無理に抱きかかえると暴(あば)れて逃げます。どうも、早くなれて欲しい、どうしてなついてくれないのかというこちらの気持ちを見透かされているようです。
 先日は、やけに大人しくしているなと思ったら、何と壁紙をガリガリとかじっていました。五×十センチほどもかじられて、壁がむき出しになっています。あとから読んだ本によれば、うさぎは何でもかじってたしかめる動物だそうです。知らなかった……。
 さらに、今日もまた事件がありました。お腹の調子が悪くてケージの中が汚れたため、大そうじを始めて、その間、部屋の中に少し放しておいたところ、何とカーペットの上に粗相(そそう)をしてしまいました! 「この忙しいのに、よくもやってくれた……。」「今から洗濯しても乾かない……。」とかなりショックでしたが、本人(本うさぎ?)は何ごともなかったかのように、にんじんをパクついていました。こんなことばかりで、今のところトラブル続きです。
 ところで、三年生の人は、今学期アインシュタインの伝記を読んでいますね。その中に、とてもいい話がありました。十才の女の子が毎日のように博士に宿題を教わっていることを知り、お母さんは「そんな偉い先生に宿題を教わるなんて申し訳ない。」とおわびに行きます。ところが博士は、「私のほうこそ、娘さんにたくさんのことを教わっています。」と答えたのでしたね。
 うさぎを飼うということは、毎日エサをあげて、汚れたものをきれいにしてあげて、具合が悪いときは病院に連れて行ってあげて……と、「してあげる」ことばかりのように思えますが、実はそうでもなさそうです。女の子とうさぎをならべて考えてはいけないかもしれませんが、アインシュタイン博士の言うように、先生もうさぎにたくさんのことを教わっているように思えてきました。カーペットを汚したときには、手早く片付けるわざを習得し、忍耐力(にんたいりょく)も同時に教わっています。(笑)それに、人間でも動物でも、相手に好かれたいと思ったら、まず自分が相手を好きになって、心を開くことが大切だということも気づかされました。
 どんな相手であっても、「……してあげる」という気持ちだけでは、つまらない関係しか築(きず)けませんが、何かしら相手から教わっていることがあると考えてみるといいですね。アインシュタイン博士の言葉をわすれずに、これから我が家に来たばかりのうさぎと、心が通じ合える関係を目指したいと思っています。
読解力(ミニー/さらだ先生)
 「今年はあたたかいね。」 という会話をよく耳にするけれど、やっぱり朝夕は冷えてくるようになってきたね。みんなかぜひいてない? 手洗い、うがいね!! 

 2、3日前の新聞で大きく取り上げられていたけれど、みんなも知っているかなあ? ODED(経済協力開発機構) の国際的な学習到達調査で日本は「数学」 が6位(前回1位)、「読解力」 は14位(前回8位) と4年前より結果が下がってしまっていることを伝えていました。現在行われている「ゆとり教育」 が影響していると文部科学省は考えているみたいです。とくにこの「読解力の低下」 が問題視されていて、大手の塾でもそれは察知していたようでした。なかでも「説明文の読解」 が目立って低下しているようです。新聞の解説はこう続きます。
《子どもたちの忍耐力も弱くなりつつあるようだ。同じ長文を扱った授業が5回目ぐらいになると「飽きた!」 と生徒が言い出す。朝の学習時間に読書を取り入れたが、休み時間や放課後に続きを読む子どもはめったに見かけない》
と現実の状況をつづっていました。

 みんなは毎日言葉の森の長文読んでるもんね! だったら、だいじょうぶ! ??がつく子もいるのかなあ? 
 先生は家で週3日ぐらい、少ない人数だけれど中学生に数学と英語を教えています。数学で言えばどの学年の子も、「文章題」 があまり好きではないみたい。1年生だと、「方程式」 を勉強しているんだけれど、たった3、4行の問題文が読み取れない。「頭がごちゃごちゃするなら、図に描いてみよう。何が今わかっていて、わからないもの(求めるもの)は何か整理してみればいいよ!」 と先生が言うんだけれど、その図が書けない。「ほら、わかるまで何回も問題を読んでみて」 とはっぱをかけています。
 また、先生のお友だちで、もと高校の英語の先生で今は公的な機関で英語が必要な時に手伝いに行くことをしている人がいるんだけれど、その人のところへ英語を習いたいと、中高生が来るみたい。その友人いわく。「私は生徒に『英語がうまくなりたいの?』 と聞くの。『うまくなりたいんだったら、日本語の本をいっぱい読みなさい』 って言うんだ。英語の能力は最終的にはそこに行き着くのよね。」 と先生に話してくれました。

 やっぱり、読解力は国語の問題だけではなく、数学にも英語にも、そして他の教科にでもだいじなことがわかってくるよね。「言葉の森」 の長文は「あー、なんだかむずかしくてよくわかんない」 とか「この話おもしろくない」 なんて思うことがあるよね。それはだいたい説明文に多いかな。でも、がんばって何度も何度も繰り返し読んでいると「あっ、なんとなくわかってきたかなあ」 て感じられるときがくるよね。また、いつも音読していると、どういうわけかある時に、その文が自分の耳に残っていて思い出す なんてこともあるでしょう。「ローマは一日にしてならず」 ということわざがあるように「読解力」 は一日長文を読んだからといって、つくものではありません。毎日毎日の継続(けいぞく)がたいせつになります。その積み重ねがちゃんとみんなの力(ちから)になります。そして長文だけではなく、本もたくさん読んでほしいな。「先生、今こんな本読んでるよ!」 と電話でおしえてくれると先生も楽しいな。
 さあ! 今年もわずかになってきました。来年もよろしくね。
 
不自由の中の自由
 「空気がなかったらもっと自由に空を飛べるのに。」と嘆いたハトの話があります。そのハトは、空気の抵抗を受けることなく、自分の思うままに空を飛びたいと思ったのです。空気があるからこそ空を飛べるのだということを知らなかったのです。これと同じことは、私たち人間にもあてはまると思います。テストさえなかったら、いじわるな友達さえいなかったら、あのこわい先生さえいなければ、などなど。でも、テストがあるからこそ勉強して自分を磨くことができるのです。いじわるな友達はやさしい心を持つことの大切さを教えてくれる天使かもしれません。こわい先生は、気持ちを引き締め、自分を鍛えるためにいなくてはならない貴重な存在なのでしょう。自分の周りに存在するものは、すべて自分に必要なものなのだと思います。たとえ、それが自分にとって目障りなものでも、自らの行く手をさえぎるように思えるものでも、必要だから存在しているのです。

 人間は誰もが自由を求めます。思い切り好きなことをしたいというのは当然の願望です。しかし、好きなことをする時間は限られていますし、周囲は自分の思い通りにはなってくれません。そのときに、できる限り邪魔なものを排除してしまおうとするのも一つの方法でしょう。でも、障害となるものを排除することばかりに夢中になっていると、いつの間にか自由も奪われていくものです。自分にとって都合の悪いものを目の前からなくしてしまおうと考えるのではなく、すべてを受け入れて、その中でうまく折り合いをつけていこうと考える方がずっと前向きではないでしょうか。

 しかも、ハトにとっての空気のように、障害だと思っていたものが大きな原動力となることも少なくありません。不自由な状態にあるからこそ、すばらしい夢や願望を抱くことができ、その夢や願望を現実のものにしようという強い気持ちが生まれてくるのです。受験勉強中にあれこれやりたいことがたくさん浮かびあがってくるのに、受験が終わった途端に何をしたらよいかわからなくなったという話をよく聞きます。規制されているからこそ自由の尊さが身にしみてわかるのでしょう。不自由な状態にいるときこそがチャンスです。そのときに思い描いた願望やそのときに抱いた強い意志を持ち続けることができたらすばらしいと思います。

 ゆっくり時間をとり、じっくり腰をすえて、何にも邪魔されずに、一つのことに取り組むことも、もちろん大切です。しかし、限られた時間をいかに充実させるかを考えながらうまく時間を使っていくことや周囲との調和を保つように努力することもそれ以上に大切です。また、障害をはねかえすくらいの大きな気持ちを持てば、その障害が背中を押してくれるでしょう。不平を言う前に、自分の心のうちで、こっそりすべてを味方につけてしまうことが生き方の一つのコツかもしれません。
                                     
                                     山田純子(メグ)
 
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