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  12月23日(火)は休み宿題
  新学期の教材を発送します
  ウェブ添削を開始
  暗唱は朗読ではなく歌のつもりで
  教育の目的
  志望理由の書き方
  親子の人間関係(こみこみ/こみこ先生)
  11月4日(ほたる/ほた先生)
 
言葉の森新聞 2008年12月3週号 通算第1059号

https://www.mori7.com/mori/

森新聞
12月23日(火)は休み宿題
 12月23日(火)は、休み宿題です。先生からの電話はありませんが、その週の課題を自宅で書いて提出してください。先生からの説明を聞いてから書きたいという場合は、別の日に教室までお電話をして説明をお聞きください。(平日午前9時〜午後7時50分。電話0120-22-3987)
 電話の説明を聞かずに自分で作文を書く人は、ホームページの「授業の渚」か課題フォルダの「解説集」を参考にしてください。
 「授業の渚」 http://www.mori7.com/nagisa/index.php
 「ヒントの池」 http://www.mori7.com/mine/ike.php
新学期の教材を発送します
 新学期の教材は、12月15日(月)〜17日(水)に発送予定です。
 国内の生徒で25日になっても届かない場合はご連絡ください。
★項目シールと住所シールは
山のたより(12.4週と1.1週の合併号)と
一緒に送ります。
12月19日以降に発送予定です。★
ウェブ添削を開始

 海外で受講されている生徒と、7月にファクス送信モニターに応募された生徒のみなさんを対象に、1月からウェブ添削を開始します。(一部、試験的に12月から開始しています)
 このほかの一般の生徒のみなさんは、システムが安定的に運用できる見通しがつくまでご利用はお待ちください。
 これまでは、ファクスで送られた原稿は、事務局で赤ペンを入れたあと、PDFファイルに変換して作文の丘にアップロードしていました。
 これからは、ファクス原稿をJPGファイルに変換してアップロードします。このJPGファイルの作文画像に、担当の先生がウェブ上で赤ペンを入れるという形になります(12月中は、試験的に事務局で赤ペンを入れています)
 このウェブ添削は、これまでの郵送やファクスに取って代わる新しい作文送信システムです。
 リアルタイムでカラーの手書き原稿を送ることができ、担当の講師がウェブ上で赤ペンを入れることができるというこの方法は、将来の作文通信添削の主流になると思います。(まだ添削の仕方などに慣れるまで時間がかかるので、教室の生徒全体に広げるのはしばらく先になります)

 
暗唱は朗読ではなく歌のつもりで
 今日は、暗唱のコツを一つ説明したいと思います。
 暗唱という勉強は初めてする人が多いので、覚えにくいやり方で勉強してしまうことも多いようです。また、親自身が子供のころ、暗唱という勉強をしたことがないので、子供に説明しにくいということもあります。これは、戦後、日本の文化から暗唱という勉強の伝統がいったんなくなってしまったからです。
 暗唱の仕方は、朗読の仕方とは少し違います。朗読は、「、」や「。」で区切る読み方をします。これは、意味を理解しながら読む読み方です。逆に言うと、理解したつど記憶から消えていくような読み方をしているということです。文章をその場で噛み砕いて消化する読み方なので、読んだ文章は読んだ先から忘れてしまうのです。
 暗唱は、朗読とは違い、抑揚なく早口で「、」や「。」で区切らずに読んだ方が読みやすくなります。つまり、意味を消化するよりも先に、文章をいったん丸ごと覚えるということを優先します。これは、落語の「寿限無(じゅげむ)」を覚えるのと同じような覚え方です。いったん覚えたあとは、いつでも思い出して意味を消化することができるので、まず覚えることを優先するということです。
 昔は、五、六歳で四書五経を素読する練習をしました。また、貝原益軒は「百字を百回ずつ」読むことを提案しました。これらもすべて、覚えることを優先すれば、理解はそのあとについてくるという考え方をしていたためです。
教育の目的
 今日は、教育の目的について考えてみたいと思います。
 現在の教育の目的は、受験に合格することになっています。昔は、それでもよかったでしょう。なぜなら、学歴社会が厳然とあったからです。もちろん、今でも学歴社会は残っています。有名大学を出れば、その人物の保証書となるという面での学歴です。しかし、現在では、その保証書は紙切れだけで、真の保証とは言えない状態です。
 よい学校に入ることは、単なるスタート地点に着くことでしかありません。そう考えると、教育の目的も、受験に合格することだけではなく、その先の社会人になってからのことも考えなければならなくなってきます。
 図式的に言うと、受験という近距離の目的で教育をすると、受験が終わったあとそのまま失速する可能性もあるということです。
 社会人になってからの生活は、仕事又は人生です。人生における成功とは、何でしょうか。それは、人間の幸福、向上、創造、貢献という四つの目的を実現することだと思います。
 仕事は、他人と関わる面を持っています。仕事とは、自分の得意を生かして、人、物、金、知を動員することだと言えます。これからの教育は、そういう能力を育てる必要があるのです。
 そこで、大事なことの第一は、得意分野を育てるということです。
 第二は、その得意分野を現代の社会にどう生かしていくかという生かし方を学ぶということです。
 「得意を育てる」「生かし方を学ぶ」、この二つが教育の目的になると思います。それは、「竿を手に入れて」(得意分野)、「釣り方を身につける」(生かし方)こととも言えます。
 これに対して、試験で合格していい学校や会社に入るということは、いい魚屋さんに行って魚を買うことと言えるかもしれません。
 この二つの発想の違いは、長い年月のうちに大きな差になってきます。つまり、これからは、就職さえも、釣り方を身につけるための勉強と考えていく必要があるということです。
 さて、得意を育てるためには、どのような教育が必要なのでしょうか。いちばん大切なのは、小さいころから意欲を育てていくということです。そのために幸福を味わう能力を身につけることが必要です。この幸福感が仕事の動機になっていくのです。……(1)
 生かし方を学ぶということは、総合力をつけるということです。その力は、第一に、トータルな理解力、読解力をつけるということです。……(2)
 第二に、自分で考えて物事を統合する力をつけるということです。……(3)
 第三に、必要な道具を使いこなす技能を身につけるということです。……(4)
 以上の四つの能力は、それぞれ、(1)心身(2)科学(3)哲学(4)工学と言い換えることもできます。
 将来、豊かな社会の中では、生活のための仕事ではなく、人生のための仕事をするということになってきます。教育も、そのような時代における仕事を目的として考えていく必要があると思います。


  
 
志望理由の書き方
 志望理由書と自己推薦書の違いは何かということをときどき聞かれます。
 違いはありません。要するに、学校側は、いろいろ書かせて、その人のことを知りたいということですから、志望理由書は理由書らしく、自己推薦書は推薦書らしく書いてあればいいのです。
 しかし、書き方の形式がないと書きにくいと思うので、言葉の森では、次のようなスタイルで書くことをすすめています。
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 私が○○を志望した理由は三つあります。
 第一は……です。(例えば、意欲や関心がある。その具体的説明)
 第二は……です。(例えば、能力や適性がある。その具体的説明)
 第三は……です。(例えば、将来の目標との関連。その具体的説明)
 まとめ(一般化の主題で、「学問とは……」「大学とは……」「人間は……」など)
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 ところが、大事なのは形式ではなく中身です。よく、この志望理由書や自己推薦書を、そつのない手紙のように書く人がいます。あらが見えないように書くことが目的なのではありません。自分のよさをアピールすることが目的です。
 志望理由書を形式的なあいさつのように書こうとする人は、形容詞や副詞で字数を埋めようとします。しかし、こういう志望理由書は読み手に訴えません。不要な部分はできるだけ省き、そのかわり、限られた字数で自分の体験を入れるように書くことが大事です。
 その自分の体験も、ただ体験を書けばいいというのではなく、個性・挑戦・感動・共感のある体験を書く必要があります。その際、裏づけとなる客観的なデータ(人数・年数・役職名など)があればなお説得力があります。役職は、大きい組織の副会長をするよりも、小さい組織であっても会長をしている方がアピールします。また、古い体験よりも新しい体験の方が重要です。ときどき大学生のエントリーシートで、「私は高校のときにこんなことをがんばりました」と書いてくる人がいますが、そういう書き方をすると逆に「では、大学生のときはそれ以上にがんばることがなかったのか」と思われてしまう可能性があります。
 体験実例は、面接のときに聞いてほしいことにつなげるように書くのがこつです。逆に言うと、志望理由書に書いた内容はしっかり覚えておき、面接で質問があれば、更にいい話を言えるように準備しておくということです。
 さて、内容がよくても、誤字があったり文章が滑らかでなかったりすれば、印象は悪くなります。中学入試や高校入試の場合は、親が手助けして書いてあげる必要があります。
 学校によっては、学校長や第三者の推薦書を要求するところがあります。私(森川林)がだれかに推薦書を書くことを頼まれたら、本人に推薦書の下書きを書いてもらい、それにOKを出すような形にします。第三者の推薦書を要求するような無意味なことをなぜするのかというと、その学校におごりのようなものがあるからだと思います。
親子の人間関係(こみこみ/こみこ先生)
「おめぇには、俺の気持ちがわからんのじゃ!」
と高校生の息子から暴言を吐かれ、殴る、蹴るの暴行を何時間も受けた母親は、引き抜かれた髪の毛の跡を隠すように深くニット帽をかぶり、杉山嘉弘先生の教育相談の門を叩く日々を二年間も続けたそうです。
 私は、先日、不登校や非行行動になったお子さんについての教育相談を受けておられる杉山嘉弘先生の講演会を拝聴しました。冒頭の男子高校生とそのご両親が不登校・家庭内暴力から立ち直るまでの二年間の経過を交えて、どうすれば閉ざされた子どもの心を開くことができるのかを教えていただきました。

もし、親子の人間関係がうまくかみ合わなくなったとしても、ありのままのその子を愛していきたいという気持ちを抱いて、以下の10個のステップを踏めば必ず親子の人間関係作りはやり直せるそうです。

 「親子の人間関係を良くするための10個のステップ」
 肌に触れる       (スキンシップ・こちょこちょ・土踏まずのふみ合い)
 声かけ・あいさつ    (おはよう、○ちゃん!)
 アイコンタクト     (目を見て笑顔で話す)
 遊びの時間       (親子でトランプ・オセロ・人生ゲームなど週にニ〜三日できるといい)
 子どもの話を聞く    (目を見て、否定せずに受け止めてあげる) 
 褒める・認める・感謝する(ありのままのその子を受け止めてあげる)
 教える・提案する・励ます(命令・強制はしない)
 任せて見守る
 いけないことは全力で叱る
一緒にのんびりとリラックスできる時間を持つ

 この男子高校生は、学校の成績やクラブ活動で中学のときとのギャップに戸惑い、どこに居ても輝けない自分に劣等感を抱き、学校に行けなくなってしまいました。不登校になった登初は「1、肌に触れる」もできなかったそうです。
 キレて暴力をふるうその子に根気強くご両親は「1、肌に触れる」「2、声かけ・あいさつ」「3.アイコンタクト」を半年間繰り返しました。ようやく一緒にドライブができるようになったころ「4.遊びの時間」「5.子どもの話を聞く」までステップを広げ、親子の人間関係を取り戻すために1〜6を毎日繰り返して行うことで人間関係をさらに強固なものへと構築していったそうです。
 再び高校へ通えたのはそこから一年後、ようやく長い戦いの日々が終わったそうです。傷ついた心が癒えたように、その頃には10個のステップを全て行えるようになったとのこと。今、この男子高校生は留年の後、大阪の大学に通い、教職に就く夢を抱いているそうです。

 言葉の森で私が読ませていただいている作文からは、生徒さんと親御さんのしっかりとした信頼関係や人間関係がにじみ出ています。皆さんのご家庭にはこのようなことは遠い国のお話のように映るかもしれません。でも現代の子どもを取り巻く環境を考えると決して他人事ではないな、と私は、強く感じました。もし子どもの心が迷ったときには、人間関係に悩む子ども達の傷ついた心を温かく受け止めてあげる大人の存在が大切なのだな、と涙しながら感じたひとときでした。
11月4日(ほたる/ほた先生)
 突然ですが、11月4日は私の誕生日でした。40を過ぎたあたりから、意図的に数えなくなってしまったので(笑)、何回目なのかは自分でも時々よくわからなくなりますが、それでも自分にとっては大切な日です。それまではこの世に存在していなかった自分が、この世の中にデビューした日ですから。しかし今年、この日は、いつもと違って、ちょっと特別な日になりました。皆さんもご存じのとおり、アメリカで、バラク・オバマさんが史上初の黒人大統領に決定したからです。

 1776年の建国から232年、初代大統領のジョージ・ワシントンから数えて219年(第44代)、1862年の第16代大統領のリンカーンによる「奴隷解放宣言」から146年。長い長い歴史の果てに、歴史的な偉業が達成されました。

 この偉業の影には、いくつもの要因があります。歴史は常に、いつも「そうではなかったかもしれない未来」の中から、ある1つの結果を生み出しつつ、動いていきます。今回だって、ブッシュ政権がこんなに不評を買っていなければ「マケインさんがオバマさんに勝利」したかもしれなかったし、そうでなくても「ヒラリー・クリントンさんが史上初の女性大統領に」なっていたかもしれなかったし(私としては、生きているうちに「アメリカの女性大統領」か「日本の女性首相」の実現を見てみたいです)、もっとさかのぼれば、「オバマさんが議員になっていなければ」「ケニアから留学に来ていたオバマさんのお父さんが、お母さんと結婚しなければ」……。こういった様々な要因が複雑に絡み合って、今回の結果につながったのです。

 オバマさんの合言葉は、「チェンジ」「イエス、ウィ、キャン(われわれはできる)」でした。ああやって自分たちの指導者を自分たちの手で直接選ぶことができるアメリカに少しのうらやましさを感じつつ、私たち1人1人の行動も、実はたくさんの選択肢から成り立っていることを改めて感じました。つまり、私たちも「チェンジ」することができるのです。

 すごく身近な例で言うと、あなたが今日、お昼にピザを食べようか、肉まんにしようか、悩んでいるとします。「よーし今日はピザだ!」となると、「ピザを食べた未来」がやってきます。「いや肉まんだな」となると、「肉まんを食べた未来」が待っている。「アメリカ初の黒人大統領誕生」に比べると、なんともささいな「チェンジ」ですが、それでも、そんなひとりひとりのささいな選択が毎日60億人分も積み重なって、歴史は作られていくのです。そう考えると、私たちみんなが、まさに「歴史」にかかわっているのだと思えませんか。これはとてもエキサイティングなことです。

 
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