言葉の森新聞 編集用
印刷設定:A4縦用紙 :ブラウザの文字のサイズ:最小 ブラウザのページ設定:ヘッダーなし フッターなし 左余白25 右余白8 上下余白8
  受験作文小論文アドバイス――最後の仕上げの個別指導で合格力アップ
  国語も算数もできない問題ができるようになって初めて力がつく
  創造的な教育文化が日本を発展させる
 
言葉の森新聞
2019年11月2週号 通算第1586号

https://www.mori7.com/mori

森新聞
受験作文小論文アドバイス――最後の仕上げの個別指導で合格力アップ
 これまで多くの生徒の受験作文小論文を合格に導いてきた言葉の森代表の中根先生が、作文小論文の個別アドバイスを行います(有料)。
 作文小論文は、今の時期から実力を上げることはできません。
 今すでにある実力をもとにして、合格力のある作文小論文を書くためにはどう工夫したらよいか、すぐに実行できることをアドバイスします。
■対象
 来春、作文小論文試験のある中学受験生、高校受験生、大学受験生。
■内容
 これまでに自分が書いた作文小論文の作品を3点お送りください。(郵送、又は、メール添付で)
 言葉の森代表の中根先生が、今後短期間で作文合格力をアップさせるポイントをお伝えします。
■特典
 直前アドバイスを申し込まれた方に、受験作文に関する小冊子をお送りします。
 すべてオリジナルで、ほかでは決して手に入らない受験作文情報が載っています。
「言葉の森の受験作文小冊子3712」(A4サイズ10ページ)
「言葉の森受験作文の勉強法」(A4サイズ16ページ)
「受験作文の書き方、受験勉強の考え方」(A4サイズ12ページ)
「受験作文コース(言葉の森新聞の記事より)」(A4サイズ9ページ)
(受験作文コースの方には、一部すでにお送りしているものがあります。)
■期限
 作品は11月末日までに到着するようにお送りください。
 先着順。人数限定ですのでお早めにお願いします。
■費用
 言葉の森の現生徒の方……5,500円
 言葉の森の現生徒ではない方……16,500円
 言葉の森の生徒は受講料と一緒に自動振替とさせていただきます。
 言葉の森の生徒以外の方は下記の口座にお振込みください。
 三井住友銀行 港南台支店 普通 6599615 株式会社言葉の森
■アドバイスの流れ
 ●1.作文3点を郵送、又は、メール添付でお送りください。
  ▼郵送先
  234-0054横浜市港南区港南台4-21-15
  ▼メール
  mori@mori7.com
 ●2.言葉の森に作品が到着後、チェックを入れた作文を返却します。
 ●3.返却作文が届きましたら、ご都合のよい時間にお電話ください。
 電話ではなくZoom(会場中庭)でご家族が一緒に説明を聞くこともできます。その場合は、Zoomに入る前にお電話でご連絡ください。
 アドバイスの時間は10~15分です。
 下記の時間帯でお願いします。
 平日10:00~12:00、13:00~15:00
 土曜10:00~12:00
 (祝日、及び第5週目はお休みです。)
 ・アドバイスは、お待ちいただく場合がありますのでご了承ください。
■お申し込みは
 直前アドバイスを申し込まれる方は、下記のフォームから、又はお電話でお申し込みください。
・フォーム:https://www.mori7.com/jform_pre.php?f=jsa201911
・電話;00120-22-3987(045-830-1177)
■小学4・5・6年生向けのプレ受験コース
 作文力、読解力の上達には時間がかかります。
 言葉の森では、小学4・5・6年生を対象にしたオンラインのプレ受験コースを開いています。
 これは、受験作文、受験読解の学習を、少人数のオンラインクラスで行うものです。
 曜日時間は、平日17:00~17:45、土曜9:00~9:45です。
 無料体験学習を希望される方は、お申し込みください。
https://www.mori7.com/jform_pre.php?f=tkg2019tp
■講師紹介
森川林(もりかわはやし)
本名 中根克明(なかねかつあき)
1952年(昭和27年)2月10日、神奈川県生まれ。
1970年 花が好きで、千葉大学園芸学部園芸学科に入学。
1977年 東京でマスコミ志望の大学生対象の作文教室を開く。
1981年 神奈川県で作文教室言葉の森を開設。
2003年 作文小論文自動採点ソフトを開発。特許を取得。
2013年 ウェブ会議システムを使ったオンライン指導を開始。
38年間の作文専科指導で、全国の有名大学・高校・中学に多数の合格者を送る。
著書「小学校最初の3年間で本当にさせたい『勉強』」「小学生のための読解・作文力がしっかり身につく本」
国語も算数もできない問題ができるようになって初めて力がつく
 国語も算数も、できない問題ができるようになって初めて力がつきます。

 逆に言えば、算数の場合は、できる問題をいくら磨いても力はつきません。

 例えば、大学入試を目指す高校3年生が足し算引き算の練習を何時間やっても、それで績が上がることはありません。
 これは、誰でもわかる例ですが、それに近いことをしている小学校高学年の生徒や中学生の生徒が意外に多いのです。

 意外に多いどころか、ほとんどの生徒がそのような勉強をしています。
 だから、勉強に時間がかかるのです。

 国語の場合は、できない問題いくらやっても力がつきません。

 算数の問題はできなければ何も書けませんが、国語の問題はできなくても書いたり選んだりすることができます。
 すると、その書いたり選んだりしたことが勉強のようになってしまい、その結果、答えが合っていても間違っていても、「当たった、外れた」ということで終わってしまうことが多いのです。

 間違った問題を、なぜ間違えたのか理詰めに考えることによって初めてできない問題ができるようになるのです。
創造的な教育文化が日本を発展させる
 日本の停滞の大きな原因として、少子化があげられています。
 その対策として考えられているのは、育児補助、ロボット化、外国人など、どれも難しい問題を伴っているものです。
 育児補助は、ある程度の効果はあるでしょうが、まだどういう結果が出るか不明です。
 ロボット化は、今後進むとしても時間のかかる面があり、また新たな消費を生み出しません。
 外国人は、日本の場合は文化と治安の面で大きな問題になる可能性があります。

 経済停滞のいちばんの原因は、売れるものがなくなったこと、つまり買いたくなるようなものがなくなってきたことにあります。
 この経済の停滞は、日本が少子化・高齢化で世界に一歩先んじた経験をしているとともに、日本が新しい展望で切り開く可能性を持たなければならない課題なのです。

 経済停滞の本質は、工業生産が完成しつつあることです。
 中国をはじめとする新興国は、新しい機械設備と比較的安価な労働力で、大量に工業製品を生産できるようになりました。
 その結果、先進国だけでなく世界的に工業製品が十分に行き渡るようになりつつあります。

 つまり、工業生産が経済を牽引するという役割は終わりつつあり、消費する側が今以上に消費するものがなくなり、生産する側も今以上に生産能力を増やす必要がなくなっているのです。

 この工業の生産にとってかわるものが、これから述べる文化の生産です。

 かつて日本の高度成長期に三種の神器と言われたカー、クーラー、カラーテレビは、それぞれ数十万円から数百万円の価格がありました。
 この価格が、GDPを支えていました。

 しかし、ここに、ゴッホの絵とか千利休が作った茶杓とか、そういう文化的な「物」があったとしたら、それも数十万円とか数百万円とかいう価格を持つことができます。
 ところが、このような「物」を作るとか売るとかいうことは、工業生産時代の名残で、これからの経済を支えるものではありません。

 文化的生産とは、例えば、人が新しい文化的な技術を身につけたいので、それを習得するための費用として毎月1万円払って講座に通うというような文化的消費に対応した生産です。

 1万円の受講料で1年間学び続ければ合計は12万円で、5年間続ければ60万円です。
 これは5年間持つ耐久消費財を60万円で購入したことと同じ経済的な効果があります。

 この受講料の1万円が、2万円になり3万円になり増えていけば、GDPに与える効果も2倍3倍と増えていきます。
 では、2万円も3万円も出して学びたいものは何かと言えば、それは自分が将来その文化的技能を身につけ、学ぶ側から教える側に回ることができると位置づけられるようなものなのです。

 新しい文化産業は、単に文化を消費する産業でありません。
 音楽会に行くとか、絵画を見に行くとか、落語を聞きに行くとか、そういう従来の文化的な消費は、それはそれで産業として成り立っていました、。
 しかし、今後、人間がもっと高くてもいいからよりよいものを手に入れたいと願うのは、単に消費するものではなく、それを学ぶことによって自分が生産する側に参加することとができるような投資の面を持つものなのです。

 消費する文化産業は文化産業でしかありませんが、投資する文化産業は、教育文化産業という性格のものになります。

 このときに思い浮かべる文化というものを、野球とかサッカーとかゴルフとかバスケットボールなどのようなメジャーな文化と考えるべきではありません。
 また、絵画や音楽のような文化も同様で、その文化の世界で生産する側に回るというのは、才能がある人にとってもかなり困難です。
 なぜなら、それらはメジャーな分野で確かに多くの人に消費されるとしても、それ以上に生産する予備軍があまりに多い完成された文化産業だからなのです。

 未来の新しい文化産業と考えられるものは、例えば、私がよく例にあげるさかなクンのような独特の個性を持った文化です。
 例えば、さかなクンが、将来の魚博士を育てる「さかなクン講座」を開催するとします。
 そこで魚博士になれた人は、自分も将来さかなクン講座を開催することができます。
 もちろん、中にはそういう魚の世界に興味があるだけで、別に自分が講座を開催しなくてもよいが参加したいという人もいます。

 さかなクンが、さかなクン講座を開き、その受講生の中から新しいさかなクン講座を引き継ぐ人が出てきます。
 しかし、話はそこで終わりません。
 さかなクン講座の内容は、今考えられる範囲では、現在さかなクンが実際にやっているさまざまなイベントくらいしか考えつきません。
 しかし、人間の個性はかけた時間に比例して深化し進化していきます。
 すると、さかなクンは、これからさらに新しい企画を考え、その企画は次第に高度になり、やがて常人が容易には追いつけないような境地にまで達する可能性が出てくるのです。

 日本では、それを「道」という名で読んでいました。
 例えば、お茶を入れるとか、花をいけるとかいうごく普通の技術が、日本では茶道や華道という「道」の文化にまで発展してきました。

 さかなクンが自分の個性を時間をかけて深めていくと、そこに「さかなクン道」のような新たな道の文化ができる可能性があるのです。
 さかなクンの例は、さかなクンが個性で成功したわかりやすい例なので取り上げましたが、同じようなことはこれから人間の個性の数に応じて、ということはつまり人間の数に応じて無数に生まれてきます。

 それぞれの人がそれぞれの個性を生かして文化を作り、その文化を教える仕事を始めます。
 その文化を学ぶ人は、それを学ぶと同時に、やがて自分がその文化を教える側に回るという可能性を持っているので、その文化に対する支出は、通常の文化的消費の支出よりも高くなる傾向があります。

 そして、高く売れる講座を教える人は、自身もまた新しいことを学ぶために高い受講料をものともせず他の人に教えを請いに行くでしょう。
 すると、個性的な文化に支出する高い受講料は、回り回って世の中のGDPを引き上げていくのです。
(つづく)
 
ホーム 言葉の森新聞