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言葉の森新聞
2026年7月1週号 通算第1号 https://www.mori7.com/mori |
森新聞 |
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■学力は、読解力と語彙力と数理力で決まる――しかし、解ける学力のレベルから、使える学力にしていくことが必要 |
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◆動画 https://youtu.be/X3TWMnCQWdI ◆◆学力の三つの土台 学力は読解力と語彙力でほぼ決まるというタイトルの記事がありました。 「学力は“語彙力と読解力”でほぼ決まる?」東大受験で痛感した“伸びる子・伸びない子”の残酷な国語力格差 https://news.yahoo.co.jp/articles/76d5e756123bc09bf2895255290b4a0c5ba5141b これは、私が普段接している子供たちの実態とも合っています。 しかし、もうひとつ付け加えるならば、学力は、読解力と語彙力と数理的な力を土台としていると言えると思います。 数理的な力とは、計算力をはじめとする、物事を数理的に考える力です。 これによって、数学が少なくとも苦手にならない、できれば数学が得意になる力をつけておくことが学力のひとつの要素になります。 しかし、本当に大事なのは読解力と語彙力の方で、数理力は3番目の学力の土台と言っていいと思います。 ◆◆読解力は読書によって育つ さて、読解力を育てるのは読書です。 国語の問題集を解くことではありません。 しかし、その読書は、ただ本を読んでいればいいというのではありません。 最初は、多読が大事です。 次に、熱中する読書が大事です。 そして、もっと大事なのは、中学生や高校生になったときに、難しい本を熱中して読む力をつけておくことです。 読書は最初は量が必要ですが、最後は質が必要になるのです。 ◆◆語彙力は親子の対話の中で育つ では、語彙力はどう身につけるかというと、ことわざ辞典や漢字の問題集で身につけるのではありません。 親子の知的な対話の中で身につけるのです。 親子の知的な対話の機会を作るのに最もよい方法は、作文の勉強をすることです。 毎週書く作文や感想文のテーマに合わせて、お父さんやお母さんが似た話をしたり、自分の考えていることを話したりするのです。 それは、勉強のように話すのではありません。 親子の楽しい雑談として話していくのです。 家族で食事をするときは、みんなでテレビを見ながら食事をするのではなく、親子で楽しく話をしながら食事をするというのが理想です。 ◆◆「解ける学力」から「使える学力」へ さて、読解力、語彙力、数理力が大事だと書きましたが、さらにその先の話があります。 それは、読解力を、読み取るための読解力ではなく、使うための読解力にしていくことです。 それが作文力です。 読解力の先にあるのは、作文力だと考えておくことです。 語彙力も同様です。 その語彙を知っているという意味の語彙力ではなく、その語彙を自分の日常的な考えに使える語彙力としておくことです。 知っている語彙力から使える語彙力にしていくのです。 それはやはり、親子の対話や雑談の中で、自分の話をする習慣によって育ちます。 ◆◆数理力を生かすプログラミング 数理力については、数学の問題を解けるというレベルより先に、自分でその数理的な考えを生かせるということが必要です。 その分野に最も近いのが、プログラミングです。 プログラミングで自分の作りたいものを考えて作ろうとするときに、必然的に計算や図形を処理する考え方が必要になってくることがあるのです。 ◆◆ペーパーテストの学力を超えて 現在の学校での勉強では、学力は、ペーパーテストで測られるものに限られています。 しかし、本当に大事なものは、自分が日常生活や仕事の中で使える学力なのです。 ※言葉の森のnoteの記事もごらんください。 https://note.com/shine007 |
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| ■スマホの時間が長いと成績が上がらない、というのは本当か。 |
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◆動画 https://youtu.be/6pp0pB0OsRw ◆◆スマホと学力の関係をどう考えるか 川島隆太氏の調査で、スマホの時間の長さと成績の伸びない度合いに深い関連があるという調査結果が出ていました。 同じ勉強時間でもテストで約20%の差…「3年間で脳の発達がほぼ止まる」たった1つの習慣 https://diamond.jp/articles/-/391629 これと似たことは、過去にも言われたことがあります。 例えば、「テレビを見る時間が長いと」とか、「漫画ばかり読んでいると」とか、「ゲームばかりしていると」とかいうような話です。 しかし、読書好きな子は、総じて漫画も好きです。 けれども、漫画好きな子が読書好きになるというわけではありません。 勉強のできる子は、ゲームも好きです。 しかし、ゲームの好きな子が勉強好きになるというわけではありません。 大事なことは、ゲームをしているかしていないかではなく、勉強をしているかしていないかの方なのです。 ◆◆本当に大事なのは読書の時間 同様に、スマホについても次のことが言えると思います。 大人の人は、「子供がスマホを見る」という、自分たちが子供時代に経験しなかったことを見ると違和感を覚えます。 そこで、スマホを見ることを禁止すれば、勉強もできるようになると思ってしまいがちです。 しかし、本当はスマホを見るか見ないかということではなく、読書の時間が確保されているかどうかということなのです。 スマホを見る子の中には、惰性でスマホを見ている子もいます。 そういう子は、ほかの時間に本を開いて読むというようなことはありません。 毎日読書をしている子が、折に触れてスマホを見るというのは、特に問題はありません。 ◆◆禁止よりも免疫をつける 大人は、自分が経験しなかったことに触れると、すぐに禁止しようとします。 大事なことは、禁止するのではなく、早めに免疫をつけておくことなのです。 今はスマホが子供たちにも普及し始めた時期ですから、ほとんどの子供はまだ免疫ができていません。 だから、それを親が工夫して、免疫をつける方向でスマホを利用するようにするといいのです。 ◆◆わが家のゲームとの付き合い方 実は、私の家でも、子供が小学校低学年か幼稚園のころに、ゲームが流行り始めていました。 私も最初は、保護者からの質問で、「子供がゲームばかりしていて困る」という話を聞いて、ゲームのしすぎはよくないと思っていました。 しかし、途中から考えを変えました。 そんなに子供たちが熱中するゲームだとしたら、早めに免疫をつけておいた方がいいと思ったのです。 そして、子供2人が、たぶん小学1年生と幼児だったと思いますが、中古のゲーム機とゲームソフトを買ってきて、家で一緒に遊ぶようにしたのです。 そのゲームの名前は「ゼルダの伝説」と「ファイナルファンタジー」でした。 そこで、一緒にゲームをやり始めてみると、面白いのなんのって(笑)、親が熱中するほどの面白さでした。 ◆◆読書を中心にしたルール作り 小学1年生の子は、攻略本を隅から隅まで読みました。 攻略本にはルビが振ってあったので、爆弾とか呪文とかいう漢字もスラスラ読めるようになりました。 そして、そのあとは、毎日15分だけゲームをするという時間を決めるようにしたのです。 雨の日などで子供が外で遊べず退屈しているときは、「読書を50ページ読んだら、ゲームを15分やっていい」というようなことをしていました。 そういうことをしている家庭は、当時たぶんどこにもなかったので、すべて試行錯誤でした。 ◆◆読書を生活の中心に置く こういうやり方が、誰にとっても参考になるかどうかはわかりません。 しかし、禁止するのではなくコントロールする力をつけるということと、読書を生活の中心に置くということは、あらゆる子育てに共通していると思います。 |
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| ■作文検定で作文力・思考力が伸びると、頭がよくなり成績もよくなる |
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◆動画 https://youtu.be/WiZ8deDegBE ◆◆作文検定とは何か 作文検定は、言葉の森が開発した語彙力分析をもとに、AIによる講評を加えた、作文力の検定試験です。 ◆◆学年によって変化する作文の性質 小学校低中学年の作文は事実中心の作文ですから、題材と表現で作文の上手さが決まります。 しかし、小学校高学年から中学生・高校生になると、事実は実例としてもちろん書きますが、ある主題をもとにして事実を組み立てる構成になります。 また、単なる事実ではなく、理由としての事実、方法としての事実というように考えて書く書き方になります。 そのように考えて書く作文の練習をしていると、作文力というよりも思考力が伸びるのです。 ◆◆読書における「考える力」の育成 これは読書について言えることと同じです。 読書も、物語文の読書は登場人物に共感するという要素がありますが、物事を構造的に理解するという面はあまりありません。 しかし、説明文や意見文の読書が増えると、考えて読む力がつき、頭がよくなるのです。 小学生や中学生のころに熱心に読書している子は、学年が上がって高校生になると、成績の伸びが大きくなります。 その反対に、読書をせずに勉強だけをしていた子は、その時点での成績はよくても、学年が上がるにつれて成績の伸びが少なくなるのです。 これは、私がいろいろな子を見てきた経験から言っていることなので、統計的な資料はありません。 しかし、読書好きな子で特に説明文の読書をしている子は、学年が上がるほど成績が伸びるようになるようです。 近年の教育でも、思考力・判断力・表現力が重視されているのは、そういう背景があるからです。 ◆◆作文と思考力の関係 作文も、同様です。 事実中心の作文にも、もちろん価値がありますが、自分なりの意見をもとに構成を考える作文になると思考力が伸びるのです。 ◆◆現在の学校教育が抱える課題 ところが、小学校高学年や中学生や高校生になると、学校で作文の授業をすることが少なくなります。 私自身の昔の経験でも、高校生の3年間で何かの感想文を書いた経験が1回あるだけです。 その感想文の返却は、長い時間がたって忘れた頃に戻ってきました。 数十人の生徒の感想文を読み、ある程度のコメントを書いて返そうとする先生の努力は大変だったと思います。 作文は思考力を伸ばす勉強ですが、今の作文学習の方法では作文の勉強をする時間が十分に取れません。 ここに一番の問題があります。 ◆◆言葉の森が提案する「作文検定」のメリット そこで、言葉の森が提案しているのは、作文検定という方法です。 作文検定であれば、毎週全員が作文を書く授業を行うことができ、その評価結果もすぐにわかります。 結果の返却は、1週間以内です。 その間、先生の手間はほとんどかかりません。 生徒に作文を書かせて、それをまとめて郵送で送るだけです。 この作文検定の料金は、1人2,200円で、学校ごとに毎月自由な日程を決めて実施することができます。 対象となる学年は小1から高3までですが、主題のある作文を書けるようになる小学校高学年からがおすすめです。 ◆◆作文検定がもたらす未来 作文検定が普及すれば、日本の中学生・高校生の勉強は、知識の詰め込みや受験に合わせた勉強だけではなく、思考力を育てる勉強に進んでいくと思います。 これからの教育では、知識だけでなく思考力・判断力・表現力を育てることが重視されています。 しかし、その力を継続的に評価し、育てる方法はまだ十分には整っていません。 作文検定は、その課題を解決する新しい学習方法として役立つものです。 作文検定の評価のサンプルは、こちらをご覧ください。 https://www.mori7.com/sk/hyouka_sample.php" target="_blank">https://www.mori7.com/sk/hyouka_sample.php |
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| ■すぐに暴力を振るう子、すぐにキレる子の原因は語彙力の不足にあった |
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◆動画 https://youtu.be/XtpwSL4CPIc 次のようなタイトルの記事がありました。 「悲しいの類義語は?」→「ぴえん」現役高校生の“語彙力不足”に国語講師が危機感を抱くワケ。「自分が何を考えてるかわからない」 (Yahoo!ニュース) ◆◆暴力やかんしゃくの背景 幼児から小学校1、2年生にかけての子で、すぐ人に暴力を振るう子、すぐにキレる子、言うことを聞かない子がいます。 小学1年生のクラスに、そういう子供がいることもあります。 そういう子供たちが複数人いると、どの先生が指導してもクラスをコントロールすることは難しくなります。 昔は体罰によって言うことを聞かせることもありましたが、今はそういうことはできません。 こうした問題の背景には、その子の育った家庭環境が大きく関係している場合があります。 ◆◆語彙力と感情のコントロール 暴力を振るいやすい子、キレやすい子に共通しているのは、語彙の発達が不十分だということです。 語彙が豊かになるほど、自分の気持ちを言葉で表現できるようになり、感情をコントロールしやすくなるのです。 どうしたらよいかというと、その子に対する読み聞かせと読書の量を増やしていくことです。 保護者の多くは、読み聞かせや読書は十分にしていると思っていますが、それは親の感覚でそう思っているだけです。 子供にとっては、まだ読み聞かせや読書が不足しているために、キレやすくなっていることがあるのです。 ◆◆成長しても続く語彙力の差 語彙力の不足は子供時代だけの話ではなく、成長した子供にも表れています。 「やばい」とか「すごい」とか「ガチ」とか「めっちゃ」という言葉ばかりで話している状態では、自分の気持ちや考えを十分に表現することができません。 ◆◆語彙は毎日の積み重ねで身につく 語彙を増やす練習は、知識として増やすのではなく、身体的に増やしていくことが必要です。 つまり、算数や英語を勉強するような方法ではなく、音楽やスポーツの練習をするような方法で、毎日気長に続けていくのです。 その成果が出てくるのは、毎日続けて半年ぐらいたってからです。 それまでは、気長に続けていくことが大事です。 ◆◆読書紹介で見える語彙力 語彙力があるかどうかということは、言葉の森のオンラインクラスの読書紹介や一人一言の時間でよくわかります。 先生はもちろん、子供がどのような読書紹介や一人一言をしたとしても、それを注意することはありません。 発言したことを、まずそのまま認めるだけです。 しかし、子供たちにはやはり大きな差があります。 読書紹介でも、その本の簡単なあらすじを述べながら、いちばん心に残ったことと、自分の感想を簡潔に説明できる子がいます。 ◆◆年齢によって話し方は変わる ただし、小学2年生までは、そのような簡潔な説明はあまりできません。 小学1・2年生は、物事をありのままに受け入れる時期なので、読書紹介をする場合も、その本の最初から最後までのあらすじをすべて話すことがほとんどだからです。 基準になるのは、小学5・6年生で、自分の読んだ本の内容を簡潔に、しかも内容豊かに話す力です。 ◆◆語彙力と思いやり そういう話し方のできる子は、他人に対する思いやりもあります。 単純に「面白かった」「つまらなかった」というだけの子は、人間関係でもそういう見方をしがちです。 そのため、弱いものに対する配慮や、自分と違うものに対する理解が生まれにくいのではないかと思います。 ◆◆幼児期に最も大切なこと 幼児から小学校低学年にかけての教育で最も大事なことは、愛情と対話です。 それ以外の勉強は、それほど急ぐ必要はなく、学校に行っていれば十分というぐらいに考えておくといいと思います。 家庭で読み聞かせ、読書、対話が十分にできていれば、子供がいざ勉強しようという気持ちになったときに、後からいくらでも追いつけるようになるからです。 ◆◆子供はすぐに成長するので、心配は要らない 昔、やはり小学1年生の子で、兄弟にすぐ暴力を振るう男の子がいました。 その子の兄弟の誰も素直でいい子だったので、お母さんにそのことを指摘すると、意外という顔をしました。 しかし、その後お母さんが読書に力を入れて行ったのだと思いますが、現在は明るく勉強熱心な高校生になっています。 子供の今の時点での欠点は、誰でもあるものですから心配は要りません。 対応の仕方は、「愛情と日本語」と考えておけばいいのです。 |
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| ■日本人の共感力は創造力の源だった |
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◆動画 https://youtu.be/M-_-1_Id0Ig ◆◆日本人の共感力とは何か 日本人は共感力の高い民族だと言われています。 それが例えば「同調圧力に弱い」などという形で現れることもあります。 つまり、自分のことよりも他の人に気を使い、他の人がどう思っているかを考えるという面が強いのです。 コロナウイルスの騒動が起こったとき、街を歩くと、すれ違う人のほぼ百パーセントがマスクをしていました。 ほとんど一人の例外もなく、マスクをして歩いていたのです。 知人にその理由を聞いてみると、「みんながしているのに、自分だけしないのはおかしいと思われるから」ということでした。 それは、悪いことではないのです。 そういう生き方が、日本人の家族主義的なまとまりの基盤になっています。 ◆◆共感力は創造力にもつながる しかし、今回述べるのは、共感力が同調圧力につながっているという話ではなく、共感力が創造力の源にもなっているという話です。 私たちは、自分個人のことを考えると同時に、他人のことや人間以外の生き物のことも考えがちです。 一茶の句に「やれ打つな 蠅が手をすり 足をする」とか、「雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通る」とかいうものがあります。 これは、きわめて日本的な感覚です。 自分以外の生き物にも感情を移入し、自分と同じような感覚でその対象を見ているという共感力の表れです。 それが創造力に発展するのは、自分とは異なった優れたものに遭遇したときです。 ◆◆模倣から創造へ 種子島に鉄砲が伝えられたとき、人によっては、自分が考えつきもしなかった武器が、自分とは異なる人間が作った魔法の武器であるかのように感じたと思います。 しかし、日本人は、同じ人間が作ったものなら、自分も作れるはずだ、というところに共感力を発揮したのです。 共感力は、時に模倣力と言われることもあります。 模倣力は、同調力という概念と似ています。 相手のやっていること、相手の良いところをそのまま吸収しようとするのが模倣力であり、同調力です。 しかし、その模倣力が発展したものが創造力なのです。 明治時代、日本の近代化が成功したのは、ヨーロッパの人々ができることなら、同じ人間である自分たちも当然できるはずだという共感力の土台があったからだと思うのです。 ◆◆日本文化に根づく共感力 私が印象的な昔話として覚えているのは「笠地蔵」です。 笠が売れ残り、余った笠を持って帰る途中、お地蔵様が雪の中で立っているのを見たおじいさんは、自分の持っている余った笠を一人ひとりのお地蔵さんにかけて帰りました。 人間だけではなく、立っているお地蔵さんにも共感を覚える気持ちが背景にあったからです。 「葉隠」に書かれていた話ですが、ある藩の君主が部下の裁判で罰を与えることになりました。すると、君主の母が「あの者はどうか助けてやってほしい」と懇願したのだそうです。 最初は、もちろんそれを断り、「自分の決めたことに、たとえ母親であっても口出しをするべきではない」ときつく言い渡しました。 しかし、その母親が、日を置いて二度三度と繰り返し同じことを頼むと、君主は、「それほどまでに言うのなら、許す時期が来たのだと思う」と答えたそうです。 こういう話を聞くと、私たちの中に少しほっとする気持ちがあります。 理屈は理屈で大事ですが、その理屈を超えたところに、人間の情が入ることがあるということです。 ◆◆弁証法と三方よし ヨーロッパには、「正反合」という考え方があります。 対立するものが止揚されることによって新しいものが創造されるというのです。 日本には、「三方よし」という考え方があります。 最初から、対立のない状態を目指してよりよいものを創造するのです。 ◆◆共感力を未来の力にするために 共感力は日本文化の中に幅広く根づいています。 それは、日本の文化が若い文化ではなく、長い歴史を持つ文化だからです。 しかし、共感力も、行き過ぎれば狭い村の文化になります。 革新を続けるためには、共感力を基盤としつつも、新しい改革を阻まない自由な文化を育てていく必要があります。 そのひとつは、調和と規制を基礎にする一方で、いろいろな分野で特区を作ることだと思います。 ふと、渋谷のスクランブル交差点を思い出した(笑)。 |
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| ■理系の子供を育てるためには、数学嫌いをなくすことが必要――人生に役立つ数学とは何か |
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◆動画 https://youtu.be/U3nc1ompKJ8 ◆◆これからの社会に必要な理数系の力 これからの社会では、文章を読む力、文章を書く力とともに、理数系の力が必要です。 理数系の力とは、物事を理数的に捉え、必要に応じて理科や数学の考え方を使える力です。 ◆◆数学は好きな子も嫌いな子も多い教科 しかし、子供たちの好きな教科、嫌いな教科を調べると、好きな教科として挙げる子が多い一方で、嫌いな教科として最も多く挙げられるのも数学なのです。 こういう状態がなぜ生まれているかというと、一言で言えば難しい問題があるからです。 なぜ難しい問題が出されるかというと、子供たちの学力に点数の差をつけて評価するためなのです。 それは、子供たちの成長のために必要な難しさではなく、評価する側の都合による難しさです。 ◆◆難しい問題が数学嫌いを生む 難しい問題は、解き方を理解すれば解けるようになります。 しかし、それには、ある程度長い時間がかかります。 その長い時間が蓄積されると、数学が苦手になる子が出てくるのです。 難しい問題は、一種のパズルのようなものですから、解けたときの喜びがあります。 この喜びが、数学好きな子を生み出します。 人間には誰でも向上心があるので、できなかったことや分からなかったことが、できるようになり分かるようになったときには、感動するような喜びがあるのです。 しかし、その難しさは、子供の生活にとって必ずしも必要ではない難しさです。 ◆◆技能の習得と人生に必要な学びは別 ちょうど体育で跳び箱の高い段を跳べたり、鉄棒で逆上がりができたり、サッカーでリフティングを何回もできたりするのと同じです。 できなかったことができるようになるのは、人間にとって嬉しいことなのですが、それがその子の人生にとって重要な教育かどうかということとは、また別の問題です。 ◆◆因数分解や図形問題の難しさ 必要でない難しさについて、数学の分かりやすい例でいうと因数分解です。 因数分解のいろいろな問題は一種のパズルのようなもので、解き方が分かると解けるようになりますが、解き方が分からないとただ×をもらうだけになります。 さらに差が大きいのが、図形の問題です。 図形の問題も解き方が分かったときは嬉しいものですが、解き方が分からないとただ×をもらうだけなのです。 この難しさが物事を考えるときに必要な難しさならいいのです。 そうではなく、生徒に点数の差をつけて評価するために行われている難しさだというところに問題があるのです。 確かに、因数分解や図形の学習には、抽象的な構造を見抜く力、パターン認識力、論理的推論力を育てるという価値もあります。 だから、その問題自体に価値がないのではなく、受験のために複雑なパターンを大量に覚えさせることには疑問があるということです。 ◆◆評価のための数学が数学嫌いを生む この不必要な難しさが何を生み出しているかというと、本来、数理的に考える力を持った子供たちの数学嫌いを生み出しているだけなのです。 すべての問題は、数学力の評価が子供たちの成長のために行われているのではなく、子供たちに差をつけるために行われているところにあります。 ◆◆本当に必要な数学とは何か 私が因数分解の無意味さを感じたのは、自分がプログラムを作っているときに、2次方程式を解く必要があった場面です。 そのときに考えたのは、因数分解の方法ではなく、「解の公式」に当てはめて計算機に解かせればいいということでした。 だから、子供にはいろいろなパターンの因数分解を教えてできるかどうかを確かめるよりも、いろいろな因数分解の方法があることを教えるとともに、解の公式という方法があり、その公式がどのように導き出されたかという理屈を教えてあげればいいと思うのです。 ところで、余談ですが、うちの次男が中学生のときは「ゆとり教育」の時代だったので、中学で「解の公式」を習っていませんでした。 それで、高校ではだいぶ苦労したようです。 最初のころ、高校で、できない子の保護者だけを集める会合に呼び出されました(笑)。 私は、その会の趣旨がよくわからなかったので、最前列で楽しそうに話を聞いていました。 ◆◆人生に役立つ数学教育を 未来の日本の国の力は、子供たちの学力にかかっています。 不必要な数学嫌いを生み出さないために、差をつけるための数学ではなく、人生に必要な数学を教育していく必要があるのです。 人生に役立つ数学とは、何か問題に直面したとき、その問題を数学的に考えて解決する力です。 もちろん、人には、直感で解決することもあれば、人に聞いて解決することもあります。 しかし、数学的に考えるという方法もあるのです。 そのような考え方ができるという可能性を知ることが、数学を勉強する意義です。 ◆◆数学が役立った自分の個人的な例 数学が役に立った例で言うと、私の場合、子供たちの点数の分布を調べたとき、ウェブ上で点数のドットを表示するだけでなく、その分布を表す近似直線をプログラムで引きたいと思ったことがありました。 そのとき、「確か高校の数学でやったはずだ」と思い、昔の数学の教科書を引っ張り出してきたことがあります。 今ならAIに聞けば教えてくれると思いますが、その当時はAIはありませんでした。 そして、「仮定した直線からすべての点までの距離の二乗の和が最も小さくなる直線が近似直線になる」という考え方を改めて理解し、プログラムを作ることができました。初歩的な話で恐縮ですが(笑)。 だから、パズルのような問題を解くコツを身につけることよりも、数学の理屈や考え方を理解することのほうが、数学の勉強では大切です。 数学を学ぶ目的は、難しい問題を速く解けるようになることではなく、必要なときに数学という考え方を使えるようになることです。 そうすれば、数学嫌いの子はもっと少なくなり、逆に理数系好きの子が増えていくと思います。 |
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