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言霊論  2011年5月24日  No.1275
 URLは、https://www.mori7.com/index.php?e=1275      




 言霊という感覚は、日本的なものです。欧米では、言霊に匹敵する言葉はあまりないように思います。

 欧米のディベートの文化では、言葉は意思を伝える手段ですが、言語は手段以上のものではなく、その手段をいかに有効に使うかということに考えが進みます。ディベートの前提は、自分が正しいと思うかどうかにかかわらず、ある立場に立って論じるということですが、この発想は、日本人には苦手です。

 国際舞台での交渉事は、テーブルの上でにっこり笑って握手をしながら、テーブルの下では相手の足を踏むというようなことが行われるようですが、こういうことを平気でできる日本人はあまりいません。日本人にとって、言葉とは心がこもってしまうものですから、自分の感情を抜きにして理屈の上だけで話をするというのは苦手なのです。



 そこには、日本語と日本人の特殊な事情が二つあるようです。



 第一は、日本語の音声です。日本語は、世界でも、日本とポリネシアにしか存在しないと言われる母音言語です。この母音言語の環境に6-8歳のころに置かれると、自然の音を言語と同じ左脳で処理する日本語脳が形成されます。ですから、日本で成長した日本人はほぼ全員日本語脳です。

 この日本語脳の特徴は、自然音だけでなく、感情も左脳で処理してしまうことです。

 例えば、「梅干し」という言葉を聞くと唾液が出てきます。日本語脳でない外国人との比較の調査はまだありませんが、この言葉によって情動が影響されるというのが日本人の特徴だと思います。

 だから、「さわやかな青空」という言葉を聞くと、その言葉だけで、気持ちもさわやかになってくるのです。

 心身統一合気道の創始者である藤平光一氏は、自分の脈拍を自由に速くしたり遅くしたりできたそうです。その秘密は、脈拍をコントロールしようとするのではなく、自分の気持ちをすごく焦っているときの気持ちにしたり、逆にすごくゆったりしたときの気持ちにしたりすることによって、結果的に脈拍をコントロールするという方法でした。しかし、それを聞いて納得した海外の学者が同じことをやろうとしても、だれでもできなかったそうです。

 藤平氏は、合気道の達人でしたから、脈拍を自由にコントロールするレベルまでできましたが、似たようなことを多くの日本人がやっているように思います。そのときに使われているのが、日本語と日本語脳の組み合わせが生み出す言葉の情動性なのです。



 さて、日本語脳というのは、主に音声の面での特徴です。ところが、第二に、日本語には音声だけでなく、文字においても情動性を喚起する力があるようです。

 日本語には漢字とひらがな(カタカナ)がありますが、漢字を処理する脳の部位と、ひらがな(カタカナ)を処理する脳の部位が違うことがわかっています。漢字は、イメージや音楽と同じ部位で処理されていて、ひらがなやカタカナの処理される部位とは異なっています。

 絵は、言葉に比べると、情動に影響を及ぼす度合い高く、言葉だけで聞く(あるいは見る)よりも、画像の助けを借りた方が理解が早くなることが知られています。言葉の持つ記号性の更に純化したものが数字だとすると、情動に対する影響力という点で、画像>言語>数字という関係が成り立つように思います。

 こう考えると、漢字を画像的な象形文字として認識する日本語は、表音文字だけで記述されるアルファベットよりも、人間の気持ちを動かしやすいのだと思います。

 では、漢字だけで成り立つ中国語はどうかというと、中国語ではすべての文字が画像になっています。それに対して、日本語は、画像としての漢字と漢字の間に、その漢字の関係を表す助詞や助動詞がひらがなとしてはさまっています。このひらがなが、動きの役割を果たします。

 例えば、「感謝」という言葉だけを見ると、感謝のイメージは画像として浮かんでくるような気がします。しかし、ここに、「感謝する」「感謝します」「感謝したい」というひらがなの助動詞がつくと、このイメージが動きをもって心に迫ってくるような感じがすると思います。

 つまり、日本語は、表意文字と表音文字の組み合わせによって、先ほどの、画像>言語>数字の関係に、更に、動画を付け加えた関係になっているようなのです。(動画>画像>言語>数字)



 日本語は、音声の面からも、文字の面からも、単なる伝達手段としての言語という無機的なものではなく、人間の心に影響を及ぼす生命力を持ったものになっています。しかし、それは、日本語と日本語脳が組み合わさったときにそうなるのです。そして、この心への影響というものは、たぶん、人間の潜在意識により深く影響を及ぼすものです。これが、日本語において言霊という感覚が成立しやすい条件になっているのだと思います。



 もちろん、日本語に限らず、言語にはもともと情動に影響を及ぼす面があります。アルファベットにも、当然そのような言霊の力はあるはずですが、それを感じとるためには、感受性を高める必要があります。

 しかし、日本語の場合は、普通の人でもすぐに言語の情動性を感じ取れるような特徴があり、それが個人の意識だけでなく、日本人という集団の集合意識にも影響を及ぼす面があるのではないかと思われるのです。
 

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