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地に足をつけること  2008年3月11日  No.230
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 学生運動が盛んだったころ、活動に熱心な学生にとって痛い一言は、「親を説得できてから言えよ」でした(笑)。
 マルクス主義は、キリスト教を含む西洋の巨大な思想体系との理論闘争の中で鍛えられたイデオロギーですから、当時、理屈でかなうものはありませんでした。しかし、親を説得するのはほとんどの場合不可能だったのです。
 いま、話題になっているスピリチュアリズムも同様です。キリスト教や仏教なども含むスピリチュアリズムは、やはり長年の思想闘争の中で鍛え上げられていますから、普通の日本人はすぐに説得されてしまいます。普通の日本人は、日常生活で丁丁発止と議論を戦わせるという習慣がないからです。
 スピリチュアリズムは、しかし、苫米地英人(とまべちひでと)氏が言うように、単なる幻覚や洗脳なのではありません。エドガー・ケイシーのリーディングなどを見てもわかるように、現実にしっかり結びつくことも可能な世界です。
 しかし、スピリチュアリズムに向かう多くの人は、地に足がついていません。例えば、前世や来世を知るセミナーがあります。しかし、自分の前世などがわかったところでどんな意味があるのでしょうか。前世というのは、例えば、小学校の同窓会と同じようなものです。会えば懐かしいが、だからどうということではありません。また、来世というものは、単なるいくつかのシミュレーションの一つにすぎません。未来は、今の自分がこれから作るものだからです。ときどき、未来は確定しているという人がいます。しかし、「では、私があなたにこれから何をするか決まっているのですか」と聞くとどうなるでしょうか。未来が確定しているという人の言うことはすべて、後出しジャンケンのようなものです(笑)。
 では、スピリチュアリズムに対して、私たちはどのような態度をとるべきなのでしょうか。避けるというのは、いちばん危ない方法です。知的な人ほど、未知の世界には弱いからです。いちばん大事なことは、地に足をつけるということです。現実の勉強や仕事で前進のあることが先で、スピリチュアリズムは、その勉強や仕事に対して補助的な役割を果たすことができるでしょう。しかし、中心になるものは、あくまでも現実の世界です。
 このようなことを思うにつけても、日本人の多くは、多様な思想というものを知りません。経済学であれば、マルクスもケインズも両方読んでいるというのが教養です。精神世界も唯物論思想も、両方理解していなければなりません。「ハトホルの書」も、鈴木大拙の「日本的霊性」も両方読んでいなければなりません。医学であれば、東洋医学も、西洋医学も、両方に通じていなければなりません。それなのに、多くの人は、自分が最初に関わった思想や理論の体系にすぐに取り込まれ、その最初の思想以外のものを頭から排除して、自分の教養をどんどん深く狭くしていってしまうのです。
 たくさんの教科があると勉強が大変だから、受験する少数の教科に絞りたいと言う人がいます。その気持ちはわかりますが、人間の本来の姿は、たくさんの教科を勉強できる方がうれしい、だったはずです。
 現代の社会で最も大切なことは、学生だったら勉強で自分を向上させること、社会人だったら仕事で社会に貢献することです。すべては、「それができてから」ということなのです。

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