ガジュマロ2 の山 6 月 2 週 (5)
★日本の矯正制度は(感)   池新  
 【1】日本の矯正制度は、世界的に見て例のない優れたものだと言われている。
 (中略)
 受刑者は教科教育や通信教育を受けることができ、意欲のある者は大学入学資格検定の受験指導さえ受けられる。少年刑務所見学の際など、アジ研(注1)研修生一同が大いに感激するのが、この教育指導態勢である。
 【2】職業訓練も受けられる。板金、溶接、電気工事、自動車整備、建築、左官、木工、ボイラー運転、建設機械、理容、美容、自動車運転、介護サービス等々、五〇以上の種目が実施されている。ただ、刑期が短すぎると刑期内では免状が取れないため、実施できないのがジレンマだという。
 【3】「ここで頑張って免状を取りますとね、社会に出た後まずここに戻ってくることはありません」
 誇らしげに語る刑務官の顔が輝いている。
 受刑者から「親父さん」と慕われ、親身になってその更生に取り組んでいる彼ら。【4】刑務所の敷地内にある官舎に住む義務が課され勤務は24時間態勢である。仕事に対する彼らの誇りと生き甲斐は、親子二代の刑務官が多いことをもってしても知れる。こういう地味な仕事がもっと評価されてもいいのではないかと、筆者は常々思うのである。
 【5】大方の受刑者は刑務作業に就くが、作業内容についてはそれぞれの適性が考慮される。コンピュータや経理は知能の高い受刑者用だが、反対に、知能が劣り手先が不器用な者もそれぞれに合った作業をそれぞれのペースで進めている。【6】協同作業は無理なため、自室で黙々と袋貼りに精を出している受刑者もいる。
 「料理好きな受刑者を厨房担当にすると嬉しがって、限られた予算の中で実にうまく作るんだけど、楽しいことをさせると刑罰にはならないのではと考え出すと難しい問題で……」といったこともあるらしい。【7】刑務作業製品CAPIC(キャピック)ブランド∵は、工芸家具から日用雑貨に至るまで、豊富な品を揃え市価よりかなり安い値段で提供している。検事にこのブランド靴の愛用者がかなりいる。
 刑務作業は私企業から委託を受けて行うものだから、好不況の波によって影響を受けるのは当然である。【8】元々産業のない所であればなおさら、刑務官は刑務作業を確保するため、頭を下げて私企業を回りもする。
 刑務所を見ればその国の文化がよくわかる、そうである。
 確かに、刑事司法の運用実態も、国民の人権感覚も国の経済状態も、あるいは国民性そのものも、それは一目で映し出す鏡かもしれない。(中略)
 【9】刑が必要以上の苦役になるのは許されないが、必要な苦役であることは、それが刑である以上当然である。彼らはそれ相応の罪を犯して刑務所に入ったのである。その背後には、彼らによって精神的肉体的に苦しんでいる被害者がいる。【0】直接の被害者のない、例えば覚せい剤の自己使用のような罪であっても、社会の規範を被った以上、その償いをしなければならない。それは、更生し二度と過ちを犯さないことである。
 矯正に流れているのは、フット教授(注2)がいみじくも指摘した厳父と慈母の精神である。この温情主義は放任主義のまさに対極に存在するものなのである。

(出典:佐々木知子『日本の司法文化』)

(注1)アジ研――国連アジア極東犯罪防止研修所。国連機関のひとつで東京の府中市にあり、発展途上国―主にアジア、アフリカ、オセアニア、中南米―の刑事司法実務家に研修を実施する。この文章の筆者は、同研修所教官を経験している。
(注2)フット教授――日米比較刑事司法の研究者。