国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   レトリック感覚   リラックマン

 ふだん私たちは、コインを丸いものとみなしている。コインをテーブルなどの上に置いたとき、あるいは床や地面に落とした時、見下ろすと丸く見えるということだ。コインが自然に安定しやすい姿勢で置かれているとき、人間の視線の自然な角度から見ると、丸い。そこで、私たちは、「コインは円形だ」という文を承認する。レトリックは、私たちの認識と言語表現の避けがたい一面性を自覚し、それゆえに、もっと別の視点に立てばもっと別の展望がありうるのではないか・・・と探求する努力のことでもある。創造力と想像力のいとなみである。このように考えてみると、レトリック感覚は、発見的な認識には欠くことができない上に、人をできるだけよく理解するためにこそ必要なのだ、ということになる。新しい視野を獲得するにも、また、相互理解のためにも、こんにちほどレトリック感覚の必要とされるときは、かつて無かったように思う。
 私はレトリック感覚は大事だと思う。その理由は二つある。第一の理由は一面的に見るより多面的に見た方がさまざまなことが分かり、自分のものになうからだ。外見は暗そうでも、友達としゃべってるととても明るかったり、真面目そうでもみんなと仲良くしていたり・・・のように、人は一面的に見るより多面的に見た方が良い。私も実際にこのようなことを体験したからこそ言える事だ。
 第二の理由は、多面的ではなく一面的だと、その人を一つのことでしか見れないからだ。あの人は怖いだと、怖いとまるでその人は本当に怖いようにしか見れない。もっと多面的に見れば、その人のよいところも分かっていくのだと思う。
 確かに一面的に見るだけでも、その人のことを理解できるし、簡単だ。しかし、物事は何でも多面的に見たほうが、私だけが気づくことや、その物ごとの真実のようなものがわかってくると思う。このように、レトリック感覚(多面的)に見るのはとても大事だと思う。

   講評   miri

 この間は、1段落の説明を他の学年とまちがってしまってごめんなさい。この「マ」の課題では、「是非の主題」を書くときに、要約ではなく、身近なところでの状況説明をしてもらいます。是非の主題への導入というわけですね。
 たとえば・・・「人間の顔はおもしろい。右側から、左側、正面、後ろから、斜め各方向、いろいろな方向から光をあてると、いろいろな影ができ、その陰影により、印象ががらりと変る」といった具合に。
 反対意見への理解、そしてまた是非の主題へともっていくのもスムーズにおこなえている。

 ぴったりな名言をかんがえてみましょう。

  

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