言葉の森の作文通信がなぜよいか
 書かせて添削するだけの指導ではなく、毎週の電話で事前指導をする作文通信 つづきを読む
△ひとつ前の記事 文章の長さ
▽ひとつ後の記事 自然学習力

 
四行詩  2008年4月28日  No.244
 URLは、https://www.mori7.com/index.php?e=244      


 日本語は、長い文章を話したり書いたりすることにあまり向いていない言葉のように思います。
 「くまのプーさん」という子供向けの本があります。作者はイギリスのロンドン生まれです。私は、昔この本を読みながら、日本人なら同じ内容をこう長々とは書かないだろうなあと思いました。日本人の感覚としては、不必要な説明や言い回しが多すぎる印象なのです。たぶん、こういう文章スタイルは、シェークスピア以来のイギリスの伝統なのでしょう。
 日本の文化では、長さよりもむしろ、無駄を排した短さが尊重されてきました。それが、短歌や俳句などの短い詩形式となって表れています。
 石川啄木の歌集や詩集にある短い文章を、日本人は一つのまとまった作品世界として味わいます。その短さに比べると、例えばゲーテの詩集などには、詩なのだか散文なのだかわからないと思うようなものがあります。
 そんなことを考えているうちに、日本人のこの短さを好む傾向を、むしろ生かしていくことができるのではないかと思いました。
 ところが、これまでの文学の延長で短さを生かすとなると、日本には短歌のように情景や心情を表す形式しかないようです。短歌の中には、意見や思想を盛り込んだものもありますが、論説的な内容を盛り込むのは無理があります。
 そこで、考えたのが四行詩という形式です。
 基準は、(1)四つに分けて書く、(2)自分なりの発見や創造を書く、(3)できればたとえや自作名言のような表現上の工夫をする、です。
 日常生活の中で、ふと、いい考えを思いついた。しかし、長く書くほどの時間はない。短歌などの形式にはなりそうもない。そういうときに使えます。
 次は、先日、あるところに書いた文章です。最後の四行目が自作名言になっています。

 過去にさかのぼって、嫌だったことをすべて面白かったことに思い返す。
 すると、そのときに傷ついたDNA情報が修復される。
 そのようにして、人は次々と失われた遺伝子情報を取り戻す。
 大事なことは、未来を明るく生きることではなく、過去にさかのぼって明るく生きてきたことだ。

 これなら簡単。
 四行という制約があるので、無駄に時間をかけることもありません。
 作文の勉強としても使えそうです。
 
 同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。
四行詩(13) 

 コメント欄
コメントフォーム

四行詩 森川林 20080428 に対するコメント

▽コメントはここにお書きください。 お名前(ペンネーム):

 フォームに直接書くよりも、別に書いたものをコピーする方が便利です。


■作文は対話のある通信教育で  ■公立中高一貫校の作文力  ■国語力がつく長文読解の作文 
  ■小1からの作文で学力と個性  ■帰国子女の国語力  ■言葉の森の作文通信がなぜよいか  ■作文講師資格講座 

受講案内の郵送(無料)をご希望の方は、こちらをごらんください。
(広告規定に基づく表示:受講案内の郵送を希望される方はご住所お名前などの送信が必要です)

電話通信の無料体験学習をご希望の方は、こちらをごらんください。
(無料体験学習をお申し込みの方に、勉強に役立つ小冊子をお送りします。)

Online作文教室 言葉の森 「特定商取引に関する法律」に基づく表示」 「プライバシーポリシー」