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言葉の森オンライン新聞
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言葉の森新聞2026年3月1週号 通算第1889号 (8516字) 言葉の森事務局(jun) 2026/03/02 12:28:41 18313   0     

言葉の森新聞2026年3月1週号 通算第1889号
文責 中根克明(森川林)


■■【重要】3月1週は作文テスト――締切は3月7日(土)(作文クラス)

 3月1週は作文テストの週です。
 普段勉強している字数と項目がすべてできるように書いてください。

 字数は、作文用紙に書く場合は作文用紙の字数です(マス目が空欄のところも字数に含めます)。
 テキスト入力する場合は、正味の字数です。
(「ワードで書いた文章の字数の数え方」などで検索するとAIが答えてくれます)

 各学年の項目は、項目表を参考にしてください。
https://www.mori7.com/mine/nae.php

 項目は、自分がその項目を意識して書いたということが伝わるように、書いたところに項目マークをつけておいてください。
 手書きの作文の場合は、課題フォルダの「項目表」を参考にして、
- 構成: 枝
- 題材: 葉
- 表現: 花
- 主題: 実
の絵を描いておいてください。

 テキスト入力の場合は、その語句の近くに、
- 構成: <<構成>>
- 題材: <<題材>>
- 表現: <<表現>>
- 主題: <<主題>>
と書いておいてください。

※項目マークを入れるのは、今学期までで、次学期からは作文を見てAIが自動的に判断するようになります。

★ 3.1週の作文の提出締切は、3月7日(土)までです。
 定期試験などがあり期日に間に合わない場合は、先生と相談してください。


■■言葉の森の考える教育改革――読書、作文、学力、創造発表の力を総合的に育てる

◆動画 https://youtu.be/wEwJHQBfIEY

●なぜ今、教育改革が求められているのか
 
 「教育を改革しなければならない」という識者は多くいます。
 多くの人が、もっと良い教育が行われなければならないと考えています。

 日本はPISAの点数も国際的にはいつも上位にいますし、他の国に比べれば大きな問題はないように見えます。

 しかし別の面では、増加する不登校、詰め込み型の勉強、受験を目的とした勉強、能率の良くない一斉授業、一斉のテスト、一律の宿題など、多様な問題が存在しています。

●目的を見失いがちな教育論
 
 多くの人が教育の改革を望んでいますが、そのための展望にはあまり具体性がなく、結局は進学率を高めるとか合格率を高めるといった先の目的のための手段として教育がある、という考えになりがちです。

 また、それとは別に「楽しむ教育」という考えもあります。
 しかし、楽しみは学校教育の過程で友達との交流の中から生まれるものであり、それ自体が目的になるものではありません。

●教育の本当の目的――人間の成長
 
 教育の本当の目的は、子供たちが自分自身を成長させることです。

 それは一つには、成長そのものが喜びであるからです。
 もう一つには、成長することによって世の中に貢献することができるからです。

 しかし、貢献という点で見落とされがちなのは、人間が成長したあとに社会に出てから貢献するということだけではなく、個々の人間の成長がそのまま人間全体の成長に結びついているということです。

 社会に貢献するということは、近所の掃除をしたり、困っている人を助けたりすることだけではありません。自分が成長すること自体が、人間全体の成長の可能性を広げるという意味で、すでに社会への貢献になっているのです。

 つまり、自分がより良い人生を生きることが、そのまま人間全体がより良い人生を生きられる可能性を広げていることであり、それこそが本質的な貢献です。

 教育は、そのような人間の幸福、向上、創造、貢献のために行われなければなりません。

●これからの教育の三つの柱
 
 そのために必要なことの第一は、バランスのとれた総合的な学力を育てることです。
 これは当然のことですが、国語、算数・数学、英語、理科、社会などの基礎を総合的に身につけることです。

 第二は、学力よりもさらに広い意味で、読書力や作文力といったリベラルアーツの力を育てていくことです。
 なぜそのようなリベラルアーツが学校教育の中で十分に行われていないかというと、主に評価しにくいという理由からだと思います。

 そして第三は、自分の学んだことや考えたことを実行したり発表したりすることによって、一人ひとりの生徒が創造を発表する機会を持つことです。
 創造も評価しにくいものですが、それ以上に現在の多人数による一斉教育の中では、物理的に実行しにくいからだと思います。

 以上をわかりやすく言えば、学力、読書、作文、創造発表が、これからの教育の重要な柱になるべきだということです。

●言葉の森の役割と可能性
 
 そのような未来の教育を考えた場合、言葉の森はその実現に最も近い位置にいると思います。

 その理由は、第一に、言葉の森の代表である私が、そのような教育のビジョンを持っていることです。

 第二に、そのビジョンを具体化するためのIT技術や表現の技術があるということです。

 そして第三に、最も重要なことですが、優秀な多数の講師がいて、真面目な生徒と理解のある保護者が日常的に言葉の森の学習に参加してくれているという、組織的な裏付けがあることです。

●より良い社会のために
 
 しかし、より良い社会を作るためのいちばんの基礎は、明日の日本を支える子供たちに、より良い教育をすることです。

 言葉の森は、これから読書、作文、全科の学力、創造発表を総合した教育を目指していきたいと考えています。


■■入試科目で作文試験がメインになる時代――AI時代に必要な学力は、読書力、作文力、文化力

◆動画 https://youtu.be/8bCVUc2KFZg

 作文検定は、単なる作文力の評価ではなく、その次の指導につながる指導に結びついた評価です。

●なぜ作文の指導と評価をセットにすることが大事なのか

 では、なぜ作文の指導と評価がセットになっていることが大事なのでしょうか。

 作文の評価には、これまでは明確なものがありませんでした。ほとんどの作文評価は、読み手の主観的な評価として行われてきました。客観的な部分があるとしても、それはキーワードとして決めたものが入っているかどうかという初歩的なレベルのものがあったのです。だから、当然指導についても、評価につながる指導はあまりありませんでした。

 これが同じ検定試験である英語検定や漢字検定と異なるところです。英検や漢検には、明らかな答えがあります。したがって、過去問を研究すれば対策は立てられます。

 作文試験に関しては、過去問はあったとしても、模範解答のような一律の答えはありません。それぞれの解答が、書いた人の個性によって書かれているからです。そのため、過去問対策の勉強というよりも、事前の学習を行うための指導が必要になってくるのです。

●学年が上がるにつれて必要な指導の質が変わる

 例えば、小学5年生の「体験実例」「たとえ」「前の話、聞いた話」「自分なりに分かったこと」などの項目は、ある程度書く力のある子であれば、事前の準備なしにその場で書いても何とか形にすることができます。

 しかし、例えば、中学2年生の「複数の意見」「総合化の主題」「昔話の引用」「光る表現」などの項目は、かなり文章力のある子であっても、その場で項目に合わせて書くことはまずできません。しかし、何度か練習する中でほとんどの生徒ができるようになります。

 この指導と評価がセットになっていることが、これからの作文教育に必要な条件になります。

 指導のための小1から高3までの「項目集」は、作文検定を受講する予定の団体にお渡ししています。
 この指導項目があるだけでも、小学1年生から高校3年生までの日常的な作文指導が、毎週充実したかたちでできるようになるのです。

●AI時代に必要な「身体化された知識」と文化力

 これからの学力は、テストの答えを書くような一夜漬けで対応できるような表面的な知識を覚えることではなく、考える力をつけることになります。

 考える力をつけるために大事なこととは、何か考えようとするときに、自分の中から自然に出てくる身体化された知識を身につけていることです。身体化された知識とは、ある程度若い時期に、特に小中学生の時期に、暗唱のように何度も繰り返し反復することによって、自分の身体の一部として身につけていくような知識です。

 そう考えると、小学生時代の学習の課題は、AIでカバーされるような知識の学力ではなく、大人になったときにも身体化された知識又は習慣として持っているような学力と文化を身につけることです。

 身体化された学力や文化とは、読書、しつけ、ものの考え方、前向きに生きる姿勢、人に対して優しく接すること、正直に生きること、いつも明るく前向きに考えること、文章を手で書く技術、そろばんのように数字を自分の身体化された操作として習得する技術、音楽や運動のような直接的な感覚と身体の技術、さらに幸福感を育む土台となる自然と日常的に接する習慣、友達と楽しく遊ぶ経験などです。

 そういう学力と文化の総合力がこれから必要になります。これらが、AI時代の学力です。

●入試の変化と作文検定の役割

 やがて、入試問題は、知識のペーパーテストは一定の水準まで習得していればそれでよく、それ以上は、作文と面接中心になっていきます。

 しかし、作文試験に関しては、すでにAO入試、総合選抜、推薦入試などで試みられていますが、いずれも不十分です。それは、作文評価の負担が、採点する側にとって大きすぎることと、評価自体も、客観的な評価にはなりにくかったからです。

 これが、今後、作文検定によって解決されていくと思います。


▽関連リンク

AI時代と読む・書く力に関する記事例
https://www.asahi.com/thinkcampus/pr_yozemi_3
(朝日新聞の特集で、AI時代に読み書きの力が重要と議論)

ハーバードのライティング教育関連
https://toyokeizai.net/articles/-/884934
(AI時代でも文章力が超重要という視点)


■■作文教育では、指導と評価を対応させることが大事――森リン3.0の項目評価の思想

◆動画 https://youtu.be/mUYIr92r_3M

●従来の作文評価のブラックボックス性

 私が40年以上前に子供たちの作文教室を始めたときに感じたことは、これまでの作文評価の弱点でした。

 私は小さい頃から読書好きだったので、文章を書くような勉強は自然と好きになっていました。
 小学2年生のあるとき、学校で作文の授業があったのだと思いますが、その授業のあと、先生に自分の作文を読まれて、「中根君は本をよく読んでいるから」と言われて褒められたのを覚えています。
 しかし、どういうところが良かったのかということは、もちろん分かりませんでした。

 従来の作文評価は、褒められれば嬉しいが、なぜ褒められたのかが分からない、褒められない子はどうしたら褒められるようになるのかが分からない、という「先生の評価」というブラックボックスの中で行われてきたのです。

●指導と言葉を一致させた評価の原則

 そこで、自分が作文指導をする場合、子供でも明らかに分かるような言葉で指導し、その明らかに分かる言葉だけで評価をすることにしました。

 つまり、指導したことができていたら褒めるが、指導していないことができても、特にそれを評価するわけではないということにしました。
 このやり方のいいところは、作文が得意な子はもちろん、作文が苦手だという子も努力できるということです。

●努力が報われる評価が継続を生む

 この指導法と評価法によって、どの子も作文を書くことに負担を感じにくくなり、長く勉強を続けるようになりました。

 作文力の上達は、長く続けることにありますから、その結果、苦手だった子が次第に楽に上手な作文を書けるようになっていったのです。

 このように、評価は必ずその評価の前提としての指導を伴うこと、指導に対応した評価のみをすることを、教育の基本とすることが大切だと分かったのです。

●「パターン化」批判への考え方

 しかし、このように「指導の型」を決めてその型に沿った評価をしていくと、反発する人も出てきます。
 反発する人の多くは、書くことを職業にしていたり、書くことに自信を持っていたりする人たちです。

 そういう批判の多くは、「パターン化した書き方になっている」という言葉です。

 しかし、パターン化は目的ではなく手段です。
 誰もが書きやすくなるための手段も、その型に慣れるまでは、自分の文章として消化されずに、取って付けたような型となることがあるのです。

 しかし、その型をもとに書くことによって、どの子も文章が上手になっていきます。

●教育は結果ではなく過程である

 教育とは、成長する過程であって、最初から結果を求めることではありません。
 大事なことは、教育の結果だけを見ることではなく、教育を過程として考えることです。


■■なぜ不登校が増えるのか――それは自分の意に沿わないことを強制される時間が耐え難いから

◆動画 https://youtu.be/6ieKOkOFy1Y

●学校という場所への違和感

 学校は楽しい場所だったと今では思い返しますが、当時の私は、茨木のり子さんの詩にあるような「蛇蝎(だかつ)のごとく嫌ったところ」ほどではないにしても、それに近い感覚を抱いていました。

 いつも硬い木の椅子に座り、先生の話を聞くともなく聞きながら、窓の外ばかりを見ていました。
 そして、グラウンドを自由に飛び回るスズメたちを見て、「スズメはいいなあ」と毎日しみじみ思っていたことを覚えています(笑)。

●楽しい時間は「自由」があるとき

 学校で楽しかったのは、休み時間に友達と遊ぶことと、自分の好きな図工や体育の授業を受けているときでした。
 また、意外かもしれませんが、テストの時間も好きでした。
 それは先生の話を聞く必要がなく、自分のペースで作業に取りかかればよかったからです。

●不登校という選択が認められる時代

 今、不登校の生徒が増えていますが、私が小中学生のころには「不登校」という概念そのものがほとんどなく、学校に行くことは当然のことだと思われていました。

 しかし、不登校が一つの選択肢として認められるようになると、これからさらに学校に行かない子が増える可能性はあるでしょう。

●解決策1――少人数オンライン学習

 では、どうしたらよいかというと、解決策は三つあります。

 第一は、自宅でのんびり学習ができるオンライン環境の中で、親しい友達数人と一緒に勉強する機会を持つことです。

●解決策2――自分で選ぶ学びと定期的な評価

 第二は、その学びが一律に決められた授業ではなく、自分で自由に選べるものであることです。
 ただし、定期的な学力テストを受ける必要があり、その結果によって、必要な知識や技能をバランスよく身につけることを条件とします。

●解決策3――地域に根ざしたリアルな交流

 そして第三に大切なことは、オンラインの少人数対話型学習があったとしても、リアルな場で、友達や上級生、下級生、大人、小さな子供たちと接する機会が必要だということです。

 それは遠足やサマーキャンプのような大掛かりな行事でもよいのですが、それと同時に、日常的に近所の子供たちと集まれる場所があることが重要です。
 これが現代の寺子屋教室です。

 近所の気のいいおじさんやおばさんがいる家に、三々五々、子供たちが集まり、おしゃべりをしたり遊んだりするのです。

●未来の教育モデルの三本柱

 つまり、
(1)オンラインの少人数であること、
(2)AIを利用した自学自習の学習であること、
(3)日常的に交流できる地域に根ざした場所があること、
です。

 こうした未来の教育が広がれば、「不登校」という言葉そのものが、いずれ意味を失っていくのではないかと思います。


▽参考リンク

不登校の背景分析や増加要因についての記事例
https://news.yahoo.co.jp/articles/76bdf8af291d399e9545e165775f6dc8275a56c5
(不登校35万人時代の考察)


■■評価が曖昧になりがちな作文だから、指導は曖昧な言葉では教えない

◆動画 https://youtu.be/RkmSI9JOV28

●曖昧な指導は、子供を迷わせる

 「指導は曖昧な言葉では教えない」とは、次のようなことです。

 例えば、「もっと具体的に」とか「もう少し分かりやすく」とか「もっと自分の個性を出して」とか、言われた方は、分かったような分からないような指導を受けることがあります。

●「中心」ではなく「いちばん何とかなのは」

 言葉の森では、「中心を決める」ということよりも、「いちばん何とかなのは」という言葉を使おうということを、小学校低学年の子には話しています。

 例えば、動物園に遠足に行った作文を書く場合、小学1・2年生は、最初から最後まで書こうとします。
 それはそれでいいことなのですが、時間がないと、朝起きてから出かけていくまでで力尽きてしまうこともあります。

●感想を一段深める「一般化の主題」

 小学校高学年では、作文に出来事と感想を書く場合、その感想が「とても楽しかったです」で終わるようになる子は少ないですが、それに近い個人的な感想でまとめてしまうことはよくあります。

 そこで、より大きい視点からその出来事を考えるために、「人間は」とか「人間にとって」という言葉を使うということを、「一般化の主題」という言葉で指導しています。

●情景を生き生きさせる「会話を入れる」指導

 また、子供の作文が出来事の平板な事実経過だけで終わらずに、そのときの情景を描写的に書くことをすすめるために、「会話を思い出して書こう」という指導もしています。

 男の子は、一般に数字や名前をしっかり書くことに関心があり、「何時何分にどこどこの駅からどこどこの場所に行って」というような書き方をしますが、そのときの動作や情景にはあまり関心がありません。

 そこで、「会話を入れて書く」という説明をすると、その作文に具体的な描写が生きてくるのです。



●数字や名前を意識させる指導

 女の子は逆に、情景や動作を書くのは得意ですが、数字や名前のようなものにはあまり関心を持たない子が多いです。

 そこで、「作文の中に数字や名前が分かることがあったら書いてみよう」という話をしています。

 このように具体的な指導をすれば、子供たちが作文を書いたあとの先生の評価も具体的になります。

●運転教習に学ぶ、具体的な教え方

 私は昔、自動車教習所で運転を教わっているとき、隣にいる指導員が、「窓ガラスのどこに何の標識が見えたらハンドルをあっちに切って、次にバックミラーのどこに何が映ったらハンドルをこっちに戻して」という、あまりにも分かりやすい教え方をしてくれたので、すぐに縦列駐車ができるようになりました。

 そして、いったん形だけできるようになってしまえば、新しいところでも、同じような感覚で、目印がなくてもできるようになるのです。

●結果だけを見る評価の危うさ

 文章を書くことが得意な人が作文を教える役割になると、往々にして子供の作文の未完成の部分を直そうとすることが多いものです。

 例えば、子供が書き出しを工夫するために会話で始める作文を書くと、「会話の書き出しはワンパターンだ」などと言うのです。

 書き出しの工夫は、子供たちの文章力の成長に応じて、書きやすい「会話の書き出し」から始めて、「情景の書き出し」や「動作の書き出し」や「名言の書き出し」などに進む可能性があるのですが、子供の作文を成長の過程として見ずに、結果だけを見て評価してしまうことがあるのです。

●欠点指摘が生む萎縮

 ところが、そういう結果中心の評価をされた子はどうなるかというと、作文が苦手になるのです。

 よく言われるのは、作文指導に熱心な先生のもとでは、作文嫌いの子が増えるということです。
 子供たちの作文の良いところを褒める先生であればよいのですが、欠点を直すことを中心にする先生の場合は、子供たちが欠点を指摘されないようにと、作文を書くことに萎縮するようになります。

●保護者の関わり方も同じ

 これは先生でなく、保護者が作文を教えるときも同じです。

 子供が作文を書きながら、近くにいるお母さんに、「次はどう書くの」と聞いてくることがあるようです。

 それは、そのお母さんがこれまで子供の書いた作文の結果を見て、間違いや弱点を指摘していたので、子供は、「書いてから注意されるよりも、書く前に聞いておこう」と判断するようになったのです。

 こういう子供の心理を理解するためには、お母さんお父さんが、自分が子供だったころを思い出してみるとよいと思います。



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