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読む力、書く力、遊ぶ力  2009年8月2日  No.575
 URLは、https://www.mori7.com/index.php?e=575      



 ↑ 夏の青空とケヤキの木

 これまでの教育は、知識を覚えることが中心でした。

 しかし、これからの教育技術の発達によって、ものごとを丸ごと把握する力を多くの人が身につけられるようになると、知識力の差は次第に小さなものになっていくでしょう。

 その後の時代に重要になるのが、人格力、創造力、表現力などです。これらは、読む練習と書く練習によって身についていきます。しかし、読み書きの力と同じぐらい重要なものがもう一つあります。それは遊ぶ力です。

 ルソーは、自分が子供のころに本を読みすぎたことが、自分の性格をアンバランスなものにしたと考えていました。その反省から、子供を自然に育てることを重視した教育論を主張しました。

 ルソーの反省は、現代にもあてはまります。子供のころに読む練習に力を入れすぎると、バランスのよい発達ができなくなることがあります。特に現代は、遊び自体が見る遊びになりがちです。テレビ、漫画、ゲーム、インターネットなど、見るだけで体をあまり使わない環境に置かれていると、勉強も読むことが中心で、遊びも見ることが中心になるという偏った生活になります。

 遊びの重要な要素は、手足など体を使って、現実や他の人間と交流することです。この交流によって、読みすぎや見すぎから来るアンバランスを回復していくのです。

 江戸時代の寺子屋の光景を見ると、勉強よりも遊んでいる子の方がずっと多い場面がかなりあります。この勉強と遊びを共存させる仕組みによって、江戸時代は当時の世界最高の識字率を誇りながら、人間的にバランスのとれた教育を行っていたのです。そういうことが可能だったのは、当時の勉強が、筆者や素読の反復という型を模倣することが中心だったからです。

 読み書きの反復学習と遊びの共存という学習の仕方は、夏休みなどの家庭学習について、大きな示唆を与えてくれます。

 今は、塾に行って授業を聞き問題を解いてくるというような勉強をする人が多いと思いますが、そのようなことに時間を使うよりも、気の合った友達数人で遊びながら、音読や暗唱や筆写の反復学習をすれば、手間もかからず、楽しく実力のつく勉強ができます。

 たぶん、将来はそういう寺子屋的な家庭学習をするところが増えてくると思います。
 

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