国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   本当の子育て   おこじょ

 人間は隣人、恋人等を選ぶ権利はあるが、親子関係だけは、選ぶことはない。生まれた瞬間に、親子の関係は宿命的に決まっている。ただ、現代の特徴は、親子という関係が「問題」化してきた、ということである。むかしのように、親子は自然なスムーズな関係ではなくなってきたのだ。「親が私を理解ってくれません、どうすればよいのでしょう」等と…。親子の間には、深い溝が生じている。『どのように育てればよいか』といった疑問は、絶えることはない。子の育て方、それはとても簡単だ。自分が育てられたのと同じように育てればよい。じぶんの子どもは、自分と同じように育つだろうと親は願い、子どもは親と同じような人になりたい、と思わせるのだ。
 この文章が語る現代の問題点は、読んでの通り、親と子の距離が離れすぎていることだろう。筆者が説くこの子供の育て方を実行できれば、もっと子供の育て方は簡単になるだろう。ではなぜそれが行えなえないのだろう。
 第一に、親は自分のような人になって欲しくなくて、子は親を尊敬し、本当に「父、母のような人になりたい」と思えないからではないだろうか。特に多いのは子の立場だろう。学校などでよく耳に入るものは、親に何も悪い事をしていないのに、何かやられた時等、親のグチ(悪口、悪い噂話など…)を言う時だろう。
「人から借りたものは大事にしろとか言っているくせに、この前私のシャープペンの芯全部折ったのよねぇ」とか、
「あんなにわけ分からない行動とられると困るのよねぇ」等という言葉(全部おこじょの心境?!/笑)。とにかく、親を「尊敬」する前に、親を「憎む」…とまではいかないだろうが「尊敬できない」状況になっていると思う。
 第二に、その「親を尊敬する」環境の存在がなくなっているからではないだろうか。最近多いらしいが、親と子のふれあいが少ないのが原因だろう。映画やドラマで多いのは、
「お父さんの投げる球は速い」とか、「お父さんは15秒で200mを走る」とか、「お父さんのおなかは気球より大きい」等…(最後は…「?」/笑)。そういう尊敬する場が少ないからだと思う。
 そうすると、筆者の意見が行動として行なえないのも仕方ないだろう。しかし、子が「親の複製品」である必要はあるのだろうか。親と同じ考え、同じ道徳意識、あるいは同じ人生である必要はないと思う。
「私の考えはこうだ」と言っていても親の考えを言う、もしくは、思い出して言うのなら、「私の親の考えはこうだ」と述べているのと同じではないだろうか。それに、自分の考えを述べる時に、ただ親の意見を述べるなら、自分で考える事などできないだろう。
 確かに、親との関わりのために筆者が考えた意見は素晴らしいと思う。でも、自分の考えを深めるのは、とても大切だと思うから、筆者の考えには反対だ。

   講評   jun


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