国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   眼で見たもの   ルパン

眼で見たもの
 人間は、物事をデータで見ない。例えば、AとBの服があったとする。Aの服は、83%好きだけど、B
の服は、95%好きだから、こっちにしようと考えない。眼で見たとき、どちらがいいかを数字では選ばないと思う。私が紅しょうがを、買いに行った時の話だ。豆腐が入ってるようなパックと袋があって、見た目的には袋入りの方が、多そうだった。値段は同じ。そこで私は、パックの裏の内容量と、袋の内容量を比べてみた。すると、パックの方が1g多く入っていた。もし、見た目だけで判断し、与えられた情報を活用しないと、たったの1gでも損したことになりかねない。このことから、食品や飲料などは、ラベルに書いてあるデータをフル活用し、見た目で判断しない方が、お得な買い物ができると思った。
 もし、人間が正確なデータをもとに生活するとすれば、機械っぽくなってしまうだろう。『あの豆は、現在の箸の位置から8cmあるが、こっちの豆は4cmの所にある。だから、こっちの豆を食べよう。』そんな風に、いつも考えて物事を進めなくてはいけなくなってしまう。そうすれば、面白いものも面白くないし、美味しいものも、美味しくなくなる。考えただけでもつまらない。細かいことを気にするより、大胆な方が面白いと思った。
 私たしたちは、本当によくできている。脳が処理する情報が、少なくていいのだから。多ければ多いほど
認識が難しいせいかもしれない。ある本に、人間は大きな声をだして、長い文章を覚えられないと書いてあった。文章を忘れない様にすると、大きな声が出ない。大きな声を出そうとすると、文章を忘れる。だから人間は、普段の生活の中で多くのことをより少ない情報で処理できるのだと、この長文を読んで思った。

   講評   nara


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