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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   生活によって変わる幸運   ミュウ

 「笑う門には福が来る」のであって、福が来るから笑うのではない。自分から運を寄せつけないでおいて、「私は運が悪い」となげいている人は多い。いつも暗い顔をしていれば運もにげていく。悪口ばかり言っていても、運はにげていく。ビジネスで成功したければ、「悲観論者とは付き合うな」と運について書いた人が言っている。 人知れず苦労をしていない人はすぐに物事を幸運とか不運とかでかたづけてしまう。しかし幸運と見えても、うまくことを運ぶにはかげでそれなりの長い長い努力や苦労がいる。「人生の消耗にたえられる人は、幸運な人である」とカソンは言う。困難のない人生などない、これが人生の運を考える時の大前提である。
 幸運のやってくる人間は、きちんと物事をしている人であり、不運しかやってこない人間は、きちんと物事をやらずに、ナマケモノのようになまけている人である(笑)。又、運が逃げていってしまうようなことをしている人だ。私は、このような幸運や不運というものは変えられるものだと思う。だから、不運の人は、「不幸だな」とか、「運が悪い」などと考えるのをやめて、なまけずにきちんと毎日を生活し、幸運が来るような(来そうな)ことをしていれば良いのだ。みんなが知っているように、マラソン選手の高橋尚子選手は、いつも笑顔でいる。この笑顔は、明るい顔なのだから、不幸はやってこないで、幸運がくるのだ。
 みんなの学年には、このような人はいないだろうか? それは、おこってばかりいたり、文句を言ったりしている人だ。つまり、「笑う門には福来る」の反対のことである。「おこっていれば、不幸になる」というような人だ。このような人が、私の学年にいる。どんな人かというと、私がその人を見た感じでは、あまり友達がいないように見える(本当はどうかは分からないが)。それから、社会化の授業の時にほとんど文句のようなことを言うのだ。みんなが先生の話を聞いていると、
「は? なんだそれ。」
などとみんなが話を聞いている時に大きな声で言い、けれども、
「は? 何だよ。うるせーな。」
とか、むかついた言葉が他の人からその人に返っていく。私が見た限りでは、そのむかついた言葉を言った人には嫌われているように見える。つまり、人気者になっていないのだ。あまり人気がないということは、幸運とはいえないと思う。
 幸運や不運とは、人間にとって、自分で変えることが出来るものだ。幸運が来るようなことをしていれば来るし、していなければ来ない。つまり、自分の毎日の生活や、生き方に影響されているものなのだと思う。

   講評   nara


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