創造と発表の新しい学力
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)
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森林のふしぎなパワー にわとり
都内にはめずらしくほそうされていず、道ばたには草が生えていた。となり近所には古い家が多くて、敷地からはみ出した樹木の茂みが路上に日かげをつくった。町中の雑草に対する人間の態度は時と場所によってさまざまである。ハイキングに行けば「緑がいっぱいで気持ちいいわねえ」と喜ぶ人も、自分の庭に出てきた雑草は血眼で引き抜いてしまう。(要約)
私の似た話は、前に球根を学校の花壇に植え、花が咲くまで観察日記をつける、という授業(というのか?)があった。1人1人球根を先生にもらって、花壇に植えて、水をやる、簡単なことなのだが、なぜかみんな苦労していた。それは、球根を植えるために、土を掘り返すと、ミミズが出てきたり、小さいムカデなどがでてきたりして、女子がきゃあきゃあいっていたからだ。男子は、そのミミズをわざと女子手にのせたり、投げたりして、女子をこわがらせてみたりして、そのせいでみんな苦労したのだ。それからみんなの球根からまるで生え始めの歯のように、ちょこんと芽がではじめたある日、雑草もではじめた。私は、そのころは雑草なんてこの世からなくなればいいのに、と思っていたときだったので、雑草抜きがはやくやりたい。はやくはやく…そんな願いが先生に通じたのかある日、先生が
「今日の1時間目は、球根のまわりにはえている、雑草をぬきましょう。」
というではないか。私は、面倒くさいけれど、雑草を抜けば、花ははやく育つ、と思っていたのでなんだかうれしい気持ちであった。ブチブチ…みんなで雑草をぬきはじめると、この音が聞こえてくる。この音が好きなのだ。——1時間後——
「みんな、球根のまわりは、きれいになったかな〜?」
この声が聞こえたら終わり。私のまわりは、なぜだかわからないのだけど、虫が多くて、雑草がまばらに残ってしまっていた。だが、これで花がよく育つ。そう思っていた。だが今思うと、雑草があるからといって、花が育たないわけではなく、かといって育つわけでもないので、抜かなければよかった、とも思う。だが、雑草というものは、以上によく育つ。だから、抜かない、と思っても、邪魔なので、抜いてしまう。ふしぎな生き物だ。
もう1つの似た話は、学校の討論会で、自然について話し合ったことである。テーマは
『自然をこわしてまで、自分達が便利な生活をしたいか』
ということである。私は、便利な生活ではなく、自然を残し、動物を増やした方がいい、というAグループである。いつも授業で、自然は残し、森林を増やし、マイナスイオンをふやすのだ(今はやりの(?))という意見なので、Bグループはいないだろう、と思っていたのだが、意外と大勢いたのでびっくりした。Bグループの意見は
「今、開発をやめてしまったら、私たちの生活が不便になってしまうので、たえられません。」
という意見であった。だが、いつもは、自分の生活が不便になっても、自然を残し、時にはちょびっと開発をすればいい、というのに…全くの反対意見でみんな少々動揺していた。Aグループの意見は、最初の方に書いた、「マイナスイオンを増やすのだ—!」という意見である。結局、Aグループが勝ったのだが、Bグループの意見にも少し共感した。でもやはり森林は残すべきだと思う。
「森林は生きている」という言葉をよく聞くのだが、確かにそのとおりだと思う。人間が開発をして森林は減っていくのに、草はどんどん伸びるからである。これは私の想像なのだが、木が特別な力を、葉っぱからだして、木の下にある、草を伸ばすのではないか。ということである。「命はつながっている」私の想像からの結論なのだが、間違ってはいないと思う。少しずつでもいいから、開発を減らして、少しずつ、森林を増やしていけばいいと思う。
講評 jun
75分で1500字をこえるとはすごい! ぐんぐん字数がのびていくね。深く考えて書いた内容も立派です。
長文の要約をした後は、似た話を二つたっぷりと書くことができたね。学校で球根を植えたときの苦労についてはユーモアを交えながら書いてくれました。雑草抜きには、ついついみんな夢中になってしまったのではないかな。雑草を抜く音が聞こえてきそう。二つ目の話は、今回の長文のテーマにぴったりの話が書けたね。『自然をこわしてまで、自分達が便利な生活をしたいか』とはむずかしいテーマですね。自分たちが暮らしやすいように環境を変えていくこともときには必要ですが、その根底にはいつも自分たちも自然の中の一部なのだという謙虚な姿勢がなければならないと思います。
結びの段落の「命はつながっている」とはいい表現ですね。自然界のすべての命はつながっている。そう考えるとむやみに自然開発を進めることはできないでしょう。
★題名も工夫したね。
▲『自然をこわしてまで、自分たちが便利な生活をしたいか』という二重かっこの前と後で行が変わっていますが、会話ではないのでここは改行する必要はありません。
▲「自分達」→「自分たち」
「たち」はひらがなで書くのが普通です。ただし、「友達」はOKです。
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