国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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    適材適所を守れば   キティ

適材適所を守れば
 ものをおいしく食べるにはお腹をすかせたらいい。そうしたら、強制されなくても、誰だって自分から食べようとする。同様に、本来の人間に備わっている好奇心が働き出せば、自然に知識欲が湧いてきて、自然に勉強したくなる。そんな状態においてやるのが、本来の教育だ。子供たちの、一人一人が持って生まれた「個性」、それを引き出してやるのが、教育者のはずだ。しかしながら、無理やり、知識を頭の中へ詰め込まれた結果、人間本来の好奇心がすっかり消えてしまったのだ。(要約)

 私は今ちょうどオーストリアの社会科の授業で、日本のことについて勉強している。日本の文化や学校についてのビデオも見た。幼稚園に制服があること、毎朝漢字の十分間テストや、部活もあって、授業が終わったら教室をみんなで掃除していること。宿題のあと復習や問題集を解いていることなどだ。 これらのことは、オーストリアの学校ではありえないことだ。
 一番印象に残ったことは、学校が終わると塾に直行して、黄色いハチマキをして猛勉強していることだった。ハチマキにはそれぞれ違った言葉が書かれていた。『勉強一筋』『めざせ東大』などだ。もっと驚いたことに、塾の先生も同じ黄色いハチマキをして、チョークで黒板をバシバシ叩いていたのだ。
 私のクラスの中で一番勉強が嫌いな男の子は、
「・・・日本には絶対に行かない!あんな勉強ばっかりするんだったら、人生おもしろくないよ!」
と言ってのげぞっていた。(体験)(ユーモア)
 オーストリアは勉強に関してかなりのんきな国だと思う。日本と比べると余裕があり過ぎるのではと時々不安になる。小テストは二週間に一回だけだし、定期テストも学期末に一度だけだ。

 私は日本の今までの勉強法はあまり良くないと思う。私だって、お母さんに、
「勉強しなさい!勉強しなさい!」
と言われたら、勉強をしようという気持ちにはなれない。だが、強制されなかったら、自然に勉強したくなるから不思議だ。自由な気持ちでやりたいと思うからだろう。 
 オーストリアの子供たちがのんきにサッカーをしていられるのは、大学などを目指していないからだ。逆に『大学をめざすやつはバカだ』と思われている。
 これには深いワケがある。
オーストリアでは、実際に大学に進む人は少ない。大学に行くよりも、いち早く就職してお金を手にすることが大切とされているのだ。エリートはほんの一握りで充分なのだ。それに、大学に行ったからといってうまくいい就職先にめぐり合えるとは限らない。一般の子供たちはすぐに就職できる工業、商業高校へ進む。大学に進むいわゆる進学(普通)高校へ行く子供は少ない。
なぜなら、この進学(普通)高校を卒業しても、就職が許されないのだ。就職したい場合は、またわざわざ1〜2年ビジネス専門学校に通ってさらに卒業証書をもらわなければならない。
 つまり、このことは本当に勉強が好きな人しか大学に集まらないという仕組みにつながっているのだ。
 大学進学希望者は確固たる目標を持っているから、一体自分が何をしたらよいのか・・という学生は現われないのだと思う。
 こう考えるとオーストリア人はよく『適材適所』を守っているということが言えるのではないだろうか。余裕を持って生きている。自分なりの幸せを見つけているのだ。たいていの人は、とびっきりの贅沢は望まない。一人一人の考えている幸せは違うのだ。

 『余裕』のある人生か、『ガッツ』あふれる人生。どちらを選びますかと聞かれたら・・・私は二つともがうまく混ざった人生を選びたいと答えるだろう。勉強や仕事など、やる時はきちんと『ガッツ』を入れ、遊ぶ時は思いっきり遊んで『余裕』で生きていきたい。
 そういう人間になりたいと思う。

   講評   yuu



 マリアちゃん、書き終えたあとの丁寧な校正(←文体を整えたり、誤字や脱字を訂正することだね)ができていますね。この習慣はすばらしいですね。自分の書いた文章を自信を持って、声に出して読んでみる、そして「う〜〜ん、ココがいいのよねぇ〜」と言ったりするナルシストさんでいてくださいね、これからも!
 オーストリアの学校ののびのびした雰囲気や、適材適所を感じさせる部分はたいへん興味深いですね。目的も定かでないのに、とにかく「ガッツ!で勉強がんばるぞ!」という学生が日本にはたくさんいます(^_^; しかし子どもたちはおのずとそういう気分になったのではなく、やはりそこには大人の存在がありました。「良い学校に入りましょ、良い会社に入りましょ、良い旦那様をみつけましょ(^^*) 」。最後の「旦那様」というのは冗談ですが(冗談でもないかも!?)
 より良い(?(^_^;)ガッツのためには、必ず余裕が必要ですね。いつも精一杯、いっぱいいっぱい、これ以上はもうダメ!という状態でいては人は疲れてしまうでしょう。



 ところで。マリアちゃんのこれからの展望は?仕事をしてお金を稼ぐことも大事なことですね。そして、学びたい分野のお勉強をさらに研究したり、知識や経験を積んでいくことも大事だね。今度ないしょで教えてください。(^_^)v

▲直してみましょう!
「私だって、お母さんに、」 → 「私も」「私でさえも」

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 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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