創造と発表の新しい学力
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)
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今 ルフィ
幼少のころ、ひとつがいのチャボを飼っていた。幼児にとって小動物を飼うことは、何か特別なものだったので、まめに世話をし、可愛がった。しかしそんなに大切なチャボも、たった一晩のうちに命を失ってしまった。生命は、何かのことで一瞬にして消え去ってしまう。私たちももしかしたら、明日はこの世にはいないかもしれない。だからこそ、私は今を精一杯生きたいと思う。
もちろんそのためにはこの一瞬に全力を尽くす必要がある。具体的には、どのようなことにも手を抜かずに全力を尽くす、となろう。先日、合唱コンクールが私の学校であった。そこで、まぁ定番といえば定番なのだが(笑)練習しない人たちが出てきた。私は学年委員とまとめなくてはならない立場にいたので、彼らに思わず一言言ってしまった。「今やらないでいつやんだよ!」と。それから彼らはまじめに練習をやりだした。この言葉が聞いたのか私の剣幕に押されたのかは定かでないが(笑)ふと思うのだが、この「やる」の部分を「生きる」に変えたらどうだろうか。「今生きないでいつ生きんだ」と。現代には、生きることを先延ばしにして魂の抜けたような人が増えてきている。そのような人たちにこの言葉をぶつけてみたい。その裏に隠された、今を精一杯生きろというメッセージとともに。
ただ、そういった人たちが増えてきているのも今の学校教育のせいかもしれない。なぜなら、現代の教育では明らかにこの世に多々存在する理不尽な運命について教えていないからだ。だから、例えば自分の力では変えられない運命に出会ったとき、生きる力を失ってしまう人が増えてきているのだと思う。話は500年ほど前に遡るが、織田信長が殺された本能寺の変を知らない人は少ないだろう。彼に使えていたのは豊臣秀吉だが、秀吉はそのとき主君の死を嘆くでもなくすぐに作戦を考え、仇を討ちにいった。それは、もちろん朝おきたら隣村がなくなっていたというような時代ではあったがそれ以上に秀吉が今を生きる上で、嘆くことはむなしいということを知っていたからだと思う。そのような思想も学校教育で教えられればと思う。
確かに嘆くというのは私たちが成長をする上で大切なことではある。だが、いつまでも嘆き続けているわけには行かない。「出口のないトンネルはない」という名言があるが嘆きには出口がないからだ。命を炎にたとえると、それが輝くのは一瞬だ、という文章を読んだことがある。それに続けて、だからこそ命は美しいのだとも書いてあった。私たちも、一生懸命やっている姿は輝いているのだろうか。だとしたら、その輝きを文字通り命燃え尽きるまで発していきたいと思う。
講評 kira
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