創造と発表の新しい学力
総合選抜入試にも対応。探究学習を超えた、新しい創造発表学習。
AI時代には、知識の学力よりも、思考力、創造力、発表力の学力が重要になる。

昨日2426 今日3061 合計55397
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

小学1・2年生   小学3・4年生   小学5・6年生   中学1・2・3年生   高校1・2・3年生

   空と海の独特   れもん

 テレビが普及して、映画を見る人が少なくなったというのはほんとうだが、「視聴覚文化」が盛大におもむき、本を読む人が少なくなるとだろう、いうことは、どうもほんとうらしくない。ということは、およそ常識からも察せられるだろ。娯楽としてのテレビと映画とは見るほうが受け身で、すわっていれば画面のほうがこちらを適当に料理してくれる点でたいへんよく似ているが、本を読むのは、読む側が積極的になる。一方は受け身のたのしみ、他方は積極的なたのしみで、受け身のたのしみが増えるということは、かならずしも積極的なたのしみを求めなくなるということではなく、娯楽の性質がまったく違うから、いわゆる視聴覚「文化」または「娯楽」は読書のたのしみを妨げるものではないだろう。すべての本は言葉からできあがっていて、すべての言葉はなにかを意味するため、その意味をとらえて、意味相互のあいだの関係を理解することが、本を読む法、つまり本をよくわかることで、読むこととわかることとは切り離せない。自分のわからない本はいっさい読まないということ、そうすれば、絶えず本を読みながら、どの本もよくわかることができる。だれにもわかりにくい本、私にはわかりにくいけれども、ほかの人にはわかりやすい本というのがあるように、だれにでもわかりやすい本というものがあるだろう。(要約)
 がんがん照りつける太陽や、真っ白な雲がうかぶ空。ザッブーンと大きな波や小さな波が押し寄せる海。たくさんの客を乗せた飛行機が飛ぶ空。たくさんの客を乗せた船が通る海。真っ青な空と真っ青な海。まるで自然の大きさを象徴するように、果てしなく広がる空と果てしなく広がる海。空と海。この二つは何処か似ているようで実は、全く違うものだ。青くて、広いというところは全く同じだけれど、人はどちらか一方だけで良いとは誰も思わない。それは、空と海がそれぞれ違う大切な役割を果たしてきたからだ。この空と海に、映画やテレビと本をあてはめてみる。どちらも楽しむもので、どちらも目を使うものだ。でも、どちらか一方で良いという人はいない。それは、テレビというスーパー娯楽が普及しても、本は本として楽しむ自由を無くさなかったからだろう。
 それに対して映画とテレビは、テレビが映画の進化版のようなものだ。映画はスクリーンに映像として映されるストーリーを映画館まで行って楽しむものだ。しかし、今はわざわざ映画館まで行かなくても家で映画以上のものを楽しむことができるテレビというものがある。毎日の食事三食を、わざわざ外に行って食べ物を食べるのと、自分の家で外で食べる食事以上の食べ物を食べることと、どちらが良いかと聞かれたら、自分の家で外で食べる食事以上の食べ物を食べることのほうが多いだろう。パッと見た感じでは迷うかもしれないが、毎日三食を家の中で食べられなく、普通家で食べられる食べ物以下のものだとすると、それはよっぽどの理由が無い限り、家の中で外で食べる食べ物以上の食べ物を食べることを望む人のほうが多くなるだろう。映画とテレビは映画が外で食べるほうで、テレビが家で食べるほうに当てはめることができるだろう。しかし、ずっと家で食事をとっている間に時々、外で食べたくなることもあるだろう。私もずっと外食に行っていないと行きたくなる。(前の話)この欲求が無くならない限り、映画が無くなることはないだろう。しかし、映画がテレビのように生活の中での主役の娯楽となるのは不可能に近いのかもしれない。
 今の時代は、物が溢れ、他の物を進化させたものや、まねをしたものが増えてきている。しかし、すぐに新しい性能の良いものに移り変わっていくこの競争社会の中で、全く新しいものではないが、他にはまねできないような独特の役割をしている物の良さが忘れられていないということにも忘れないで欲しいと思う。人間にとって独特とは、いつの時代にも変わらず大切にされるものなのだと思う。今日も空と海は競い合うこともなく、私たちを見守っている。
       

   講評   nara

『砂の器』は今テレビでやっているね。本とテレビというテーマに絡められそうな題材だね。昔、角川という会社が、出版と映画の両方をやっていて「観てから読むか、読んでから観るか」というコピーで、本と映画の両方を大々的に宣伝していたことを、ふと思い出したよ。
 さて、空と海の話だけれど、比喩としてはおもしろいけれど、どちらが本でどちらが海なのだろう。そこがわかりにくいのが残念だな。比喩は難しいね。自分の中でのイメージの重なりが、他の人(読者など)と一致していればわかりやすくなるけれど、陳腐になりやすい。個性的な比喩だと印象は強いけれど、わかりにくくなりやすい。ここを意識して比喩を用いなければならないね。
 もう一つ注意したいのは、長文の主軸となっている「本(言語)とテレビ・映画(映像)」という対立が、感想文としては今一つ明瞭でないということ。特に「それに対して……」の段落では、テレビと映画を対立させている内容になっているので、主題からずれているような印象を与えかねない。ここは、もう一ひねりしておくとよかったね。
 まとめの段落にも「本/テレビや映画」「言語/映像」という長文のキーワードを盛り込んでおくと、「この長文に対する感想のまとめ」ということが、より強調できるのではないかな。

毎月の学年別「森リン大賞」作品集森リンの丘 
 自動採点ソフト「森リン」で上位になった作文を掲載しています。
 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

作文教室受講案内   無料体験学習   作文講師資格 
Online作文教室 言葉の森  「特定商取引に関する法律」に基づく表示」  「プライバシーポリシー」 
お電話によるお問合せは、0120-22-3987(平日9:00-19:30)