創造と発表の新しい学力
総合選抜入試にも対応。探究学習を超えた、新しい創造発表学習。
AI時代には、知識の学力よりも、思考力、創造力、発表力の学力が重要になる。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   いつの時代にも、文化と伝統を   延麒六太

      いつの時代にも、文化と伝統を
                                  延麒六太
 「お母さん、今日は『桃太郎』のお話読んでよ−。」
「ねえ、お母さん『かぐや姫』読んで〜。」
どこの家にでも見られるこの平凡で、しかし、見ていると心の和む、こんな平和な光景は
誰もが一度は見たことがあるだろう。寝る前に、昔話を読み聞かせたりするのは日本の文化であり伝統である。欧米では、寝る前におやすみなさいのキスをする。それは欧米の文化であり伝統である。わたしは、日本の伝統である「昔話」について考えてみた。
 昔話は、お決まりの「むかしむかし・・・」から始まりおよそ三種類に分かれている。
“嘘をついてはいけない” “欲深くあってはならない” “悪いことをすれば必ず罰を受けることになる”と言う三つだ。
一つ目の“嘘をついてはならない”は、約束を破ってはならないとも言い換えられる。
これは、『鶴の恩返し』などにあるようなものである。はたを織っている間、けっして中をのぞかないという固く誓ったのに農家の者が約束を破って中をのぞいてしまうという物語だ。約束を破ることはたしかにいけないことだ。「うそつきは泥棒の始まり」ということわざがあるように。けれど、人間誰にでもどうしても守れない約束があるとわたしは思っている。
 二つ目の“欲深くあってはならない”は、『金の斧』や『したきりすずめ』などで見られるようなものである。このほか、『おむすびころりん』などにもずるがしこい人があらわれている。隣の家のおじいさん(おばあさん)という言葉の出てくる昔話のほとんどがこのことを主題としていると思う。というのも、誰でも持っている人間の弱さ、愚かさのひとつにこれがあるからだ。
例えば、あなたにただでダイアモンドのネックレスをあげます。一方は大変大きなダイアモンドが、もう一方は米粒ほどの大きさのダイアモンドがついています。どちらか一方を選んでください。と言われたとする。
普通に考えて後者を選ぶ者などいない。いたとしても、百人に一人または千人に一人であろう。わたしだって、この九十九人あるいは九百九十九人の中に入っている。
 これが人間の愚かさの現実である。
 三つ目の“悪いことをすれば必ず罰を受けることになる”は、『かちかち山』などに共通するエピソードだ。これは、昔話に限らず他のものでもよく言っていることだが・・・。
とにかくどんな人間にも言えることは、誰にでも弱いところがある。「なくてななくせ」と言うことわざがあるとおりだ。そして、人間誰にでも弱いところがあるように皆、人に見られたくない一面がある。                       
 昔話と言うものは、人から人に、人の口から人の耳にと風のように疾風の勢いで伝わるうわさのようなものではない。伝説か古典のように歴史や文化の重みを背負いながら今日まで生きてきたのだ。
 けれど、わたしには一つ疑問に思えることがあった。うわさは、いろんな人の口から耳まで沢山通って多くの尾っぽをつけて震源人の耳に帰ってくる。
例えば、あるいつもテストで悪い点を取っているA君が前回のテストで珍しく95点を取ったのを目撃した人がいた。この人がそんなことを仲良しの友達に言ったとする。そうなれば、友達に言ったこの人が震源人となる。この人と仲良しの友だちとが話しているのをまた別のクラスメートが聞いた。そんな風に、うわさがぐるりとそのクラスの中を一回りして、
震源人の耳に届いたときにはこうなっていた。A君は95点を取った。でもそのテストでA君は、カンニングをした。それで点数がよかったのだ。と言うのである。うわさというのは、はげつるぼうずのからすが羽を適当につけて一応孔雀もどきになったというようなものである。うわさとは、もろい嘘に覆われた腰抜け将軍のようだ。嘘の塊なのである。
しかし、昔話は若干違うところもあるがほとんど昔から姿が変わっていない、原形が保てているのだ。うわさはこうも作り話と嘘と冗談の塊なのに、昔話はありのままの姿でいられるのか、それが謎だった。                  
この結論を出す前に、そもそもうわさとはなぜこのような作り話へと姿を変えてしまうのか、わたしの考えを述べておきたい。わたしがおもうに、うわさが姿を変えてしまうのは人間の考えていることが皆違うことに、そもそも問題があるのではないかと思う。例を挙げてみれば、真っ青な空に丸い雲があった。ある人にはトマトのように見え、ある坊やにはケーキに見えたそうだ。またある仕事熱心な若い人は何も感じなかった。
このように人間の考えることなど、多種多様 十人十色である。だから、珍しくと聞いただけでカンニングをしたのではと疑った人がいたのだ。それで、まるで前の人から伝わったかのように言うのだ。もちろん次の人はそのとおりに伝えるから分からないがいずれにしても人間の考える力のすばらしさにはあきれてしまった。
さて、話を元に戻して昔話が変形せず今日まで一定の形を保ってこれたのはそれを記したものがあるからである。『今昔物語』がそれである。単純な理由であったが事実だ。
人にとって昔話は何世代にも渡って語り継いできた大切な文化であり、伝統である。
文化や伝統は、あなたが日本人である限り決して放れることのない陰である。だから、わたしたちはこれからもこの伝統を語り継いで生きたい。これからもいつの時代にも同じ文化と伝統を・・・。
(え5594み) 

   講評   yuta

 4月から中学一年生。充実した一年になるように、がんばってくださいね。

      

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