国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

小学1・2年生   小学3・4年生   小学5・6年生   中学1・2・3年生   高校1・2・3年生

   時   ほり内

 時というのは、一体何なのだろうか。(書き出しの工夫)時とは、絶えず流れる物であり、どんな富を得ても時間は絶対に操る事はできない。現代人に時という物は、時は流れる物であり、自分は流されるだけであるという認識が多い。これは、現代社会の時間に追われる強い管理社会により、できた認識であろう。しかし昔の人や子供は時間という物はいじることができるものとして認識している。これはどういう事かというと、自分が主人公になるんだという強い自己中心的な考えを彼らが持つことによって、時間を簡単にコントロールするように思いこむということで、時間は決して、束縛する物ではない。変えられるものなのだと言う考えを持っている。これは現代の一般人にとって、ばかばかしい考えだと思うが、今現在の時間に追われているという考えを抱くより、気楽に過ごせる事は間違いないだろう。
 私は現代人が時に対して、時間に縛られるという概念を持っていることが問題だと思う。
 その原因としては第一に日本が、明治時代に西洋の文化を目の当たりにして、西洋の文化をどんどん取り入れていた歴史的背景が問題だと思う。西洋の文化を取り入れる事によって、文化レベルは格段に上がったのだが、今までより、時間に縛られる事が多くなり、時間に対して、親近感を持たずに、だんだん疎い存在になってきたのである。私も、中学生時代の高校受験で忙しかったときに塾の時間に随分とふりまわされた物だ。(体験)
 また、現在社会が人々を追い込ませるようにしていることも原因の一つであると思う。毎日仕事だ、学校だとスケジュールを組んで、時間に追われたままの生活を続けることによって、時間をうっとうしい物として、見るのである。つまり時間を別の見方で見る事ができないのである。
 確かに、時間が不同な物であるという事はすごく分かりやすいが、時というものの多面的な見方というのが必要なのである。時の使い方とは、追われるのではなく、徹底的に利用してやる事だと思う。

   講評   jun

 第一段落は、書き出しの工夫をしながら現代人と時間との関係について説明していくことができました。自分が主人公になって時を操るというよりも、流れる時の中で泳がされているというのが現状でしょう。
 現代人が時間に縛られるという概念を持っているという点を問題点として挙げたあとは、その二つの原因を考えることができました。実例とともに挙げられた二つの原因はどちらも説得力があります。文化のレベルが上がるほど時間に縛られることが多くなるとは皮肉な事態ですね。もう一度時間というものについて、また、時間との係わり合い方について考え直してみる必要がありそうです。
 最後は、自作名言でしめくくることができましたが、ここはもう一息。「時とは、人間を縛るものではなく、人間が徹底的に利用するものである。」などとしたらどうでしょうか。

▲「取り入れる事」→「取り入れること」
 「ふりまわされた物だ。」→「ふりまわされたものだ。」
 「うっとうしい物」→「うっとうしいもの」
 このような場合の「こと」や「もの」はひらがなで。
                              

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