国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   方言   えくき

 語源が分からなくなると、もとの語の発音や意味に変化を来すことがある。漢語の場合には、それに使われた漢字が忘れられると、意味用法の転ずることが少なくない。ことに話し言葉では漢字でどうかくかを問題にしないから、意味を支持するものがないためにとかく変化しがちである。そして言葉の正しさを論ずる時にとかく語源が引き合いに出されるが、語源の通りでは社会状勢の変化のために合わなくなるものが多い。社会は複雑になり、人の心理も単純ではなくなるから、語源の通りであることが正しいということになると、今の現実の社会には合わないことになる。結局、言葉は各人の語源意識によって動いて行くようである。そして、その語源意識を作り上げるのは、主としてその人の経験、教養、学校で受けた教育である。言葉の正しさの規範意識もそこから生まれ出るようだ。このことをふまえて、私は近代にあわせて言葉を変えていかない方が良いと思う。
 なぜなら、近代の状態に合わせて言葉を変えたとしても、結局は言いずらくなり、前の言い方に戻ってしまい逆に混乱してしまうと思うからだ。
例えば、「下駄箱」などは、実際には下駄を入れいてる訳でもないもに、「下駄箱」と呼んでいる。そこで、近代風に「下駄」ではなく、「スニーカー」に置き換えてみる。すると、「スニーカー箱」といった聞き慣れない単語が生まれてくる。はたして、近代風に言葉を変えてみたところで、みんなが普通に使うことは出来るのだろうか。始めは、近代にぴったりの言葉だ、と思い何度か使うかもしれないが、長年使ってきた言葉を、いきなり変えては、やはり言いずらいものがあるだろう。
 二つ目の理由は、言葉は長年付き合ってきていて、愛着があるからだ。私も実際に生活している中で、色々な人と会話をしたり、色々な文章を読んだりしているが、本来の言葉の意味とは違った使い方をしているのを時々聞いたり、読んだりしている。そこで私は、せっかくの日本語をもっと大切にした方が良いと思っている。実例としては、『「結構」とは、もと建物や文章の配置構成を意味する語だが、「立派な結構」というほめ言葉から転じて、立派だ、見事だという意味になったのである。』というように、だいぶ意味が変わってきている。
 確かに、近代使ってる言葉の意味は近代の社会状態に合っていて、その言葉本来の意味として使うと、近代の社会状態に合わなくなる、と思うかもしれないが、「存在するものには、良いとか悪いとかを言う前に、すべてそれなりの理由がある。」という名言もあるように、今私たちが使っている言葉にはそれぞれ意味があって存在しているので、今使っている言葉の存在を確認しながら、これからも日本語を大切に使っていったら良いと思う。

   講評   miri


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