創造と発表の新しい学力
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)
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多数決か、全員一致か 晋也
イスラエルを旅していたとき「ここでは全員一致の採決は採用しないんですよ」と聞かされた。みんなが賛成したときには、それをよしとしない、と言うのだから「そんなばかな」という声が、すぐさま聞こえてきそうな気もするが、この種の言い分は一つのパラドックスである。お話変わって、テレビの時局討論会などを聞いていると、司会者が、「イエスかノーかで答えてください」と言っているのに、長々と意見を述べる論者が多い。と言うより、この設問に対して「イエス」あるいは「ノー」のひとことで答えたケースを、私は見たことがない。
確かに、多数決で物事を決めることは大切だ。私は、そんな発言力のあるほうではないので「ここは多数決で決めよう」という話し合いなどでも、人が多い、多数決で勝つ(?)方にいってしまう。一度、(小学校での)討論会で、○と×どっちがいいか、という討論のテーマを決める時、こんなのは?こんなのは?と、たくさんの意見が出た。すごいいいと思えるテーマが決まった。先生が「当日になってわかれるのに時間がかかるのはもったいない。だから、今一応半々になるように多数決やろう。」こういった。一体多数決の討論をするためのテーマを多数決で決め、そして半々になるように多数決って。何度多数決をすれば気が済むのか、正直そう思ったが。多数決というのは、物事を決めるのに最も適した方法ではないか。そう思う。
しかし、全員一致になるまで話し合うことも大切だ。昔話でいう、桃太郎。桃太郎は、いぬ・さる・きじと「きびだんごをあげるから、鬼退治にきてくれるかい?」と話し、それに納得してついてきた家来(…)と鬼が島へ向かった。全員、というか二人で話し合った結果、同じ意見だったから仲間になる。これが理想の姿ではないか、と思う。上にかいた、半々〜というやつの続きで、多数決をやったら、全員片方に集中してしまった。それは、クラス全体が団結して、全員が同じ気持ちになれたからこそこうなったのだ、と思う。この時、私は何か青春ドラマのワンシーンみたい、みんなの気持ちが一つに…と感動した。(全員一致、というのとは少し違うのだけど。)
確かに、多数決で決めること、全員一致で決めること、どちらも大切だ。しかし『大切なのは、健康らしい外見ではなく、健康自身である。』という名言があるように、大切なのは、多数決、全員一致、どちらの結果だとしても、話し合うことのできる力だと思う。(総合化の主題)結果だけが全てではなく、過程も、自分の力も、どれもみな大切なのでは。
講評 miri
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