低学年から学力の基礎を作る
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)
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死について浮かんだこと かちょうほさ
この頃、尊厳死や安楽死といった、生と死に関する問題がよく取り上げられている。特に、脳死と臓器移植の話題は一時世間を賑わせた。苦しむ人を安らかに死なせることが罪なのか、管に繋がれ生きてゆくことはどうなのか。生と死に関わる問題がこのように話題に上り、議論されはじめたのは最近のことであろう。それは、我々の技術が人間の生と死に干渉するまでに発達したからではないだろうか。そう考えると、私は恐ろしくなる。このまま、人間が技術に追い越されてしまったら、と。私たちは、どうあってもそれは阻止しなくてはならない。環境がどうであれ、人間らしく死に、そして生きるべきだ。
私は、小学校中学年頃に一匹のハムスターを飼っていた。その当時、ハムスターを飼っている友達が多く、一種の流行のようになっていたのだ。だから、私もいつかは飼いはじめたいと思っていた。そして、誕生日という好機がやってきて、めでたく飼いはじめることができた。小さな白い種類で、それもまた人気があった。それから少し経って、妹のハムスターであったみっちゃんが死んだ。寒さに負けてのあっけない死だった。そして今度は私の「たった」が苦しみ出し、動物病院で癌だと言われた。毎日薬をつけても日を追って悪くなり、とうとう歩くことさえ困難になって、がくがく震える。ある日の夜、私はどうしても眠れなかった。なにか察していたのかもしれない。とうとう彼は動かなくなった。だが、手を差し伸べると、登ってきて・・・・・・差し出した水をおいしそうに飲んでから、段々私の手の中で冷たくなっていった。この死に方が果たして、彼にとって良かったのか悪かったのかは知らない。だが、間違いなく彼は精一杯生きた。それだけは言えるような気がする。人間も、精一杯生きてゆくことだ。(方法)と思う。
また、私たちは、自分の死さえ思いとおりにすることが出来ないこともある。誰か他人がこういうから、ああいうから、といって、自分の死をも他人任せでは無いだろうか。この国の風潮がそうなのだろうか。「自らが死んでゆく」という事実に真正面から向かい合い、悔いの無い死に方ができるような社会を確立するべきであるだろう。(方法)たっただって、きっと何か言いたいことがあったはずだ。
確かに、人間社会の技術が発達してゆくことは人類の希望である。だが、人間の存在に関わる「生」と「死」の問題にそれを振りかざして踏み込んではいけない。私は、いくら人間の技術、科学が発達したとしても、生命の存在を左右するまでには至らないと思う。生命は、もともと人間が作り出したものではないのだ。《自作名言》から、人間は人間らしく、自分のいのちに逆らわないで生きてゆき、そして死んでゆくべきだ。
講評 baba
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