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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   人間は多面体   たば星人

 固有名詞を作り出した人間は、必ずどこかの団体に所属する。それが人間の社会にどのような影響を与えているのかを考えてみたい。私が考える最も大きな影響は「ブランド意識」にある。つまり、所属する各団体に順位が生じることによって、そのブランドで人間を判断してしまいがちになることだ。東大卒なら間違いないなどといった意識だ。確かに各団体には特徴があり、同じような人間が集まる傾向があるかもしれない。しかし、それはあくまで団体の特徴であって個人の特徴ではない。その中にはそれぞれ違った個性を持った人が存在しているのである。それにもかかわらず、「ブランド」に惑わされ個人を見ないのは現代社会の大きな問題であると言える。
 なぜ、人は「ブランド意識」に惑わされるのか。第一に、それが安全策ととらえられているからであろう。個性を識別するのは難しい。であるならば、その人が所属している団体の特徴がその人にも当てはまると考えた方が楽で、しかもそういった特徴を持っている可能性は高い。しかし、そこで楽をしてはいけないのではないか。なぜなら、相手を見誤る可能性が大きいからだ。確かに、団体に現れる一面をその人も持っているだろう。しかし、人間は多面的な生き物である。一面的な見方では計りきれない物がある。例えば、数年前に起きた「スーパーフリー」という早稲田大学の学生による事件がある。早稲田大学の学生だから大丈夫という保証はないし、逆に、三流大学に通っているから駄目人間かというとそうとも限らない。ブランドで物を見るのは一面的には安全かもしれないが、それで十分ではないのだ。
 第二に、日本人の気質という物が原因に挙げられる。多くの日本人は昔から「和」や「家」など集団を重んじる民族であった。特に、家柄はまさにブランドで「平家にあらずんば、人にあらず」などと言う言葉があるほどである。市民革命を経ずに近代社会に成長した日本にはそういったブランドを気にする気持ちが残っているのかもしれない。国民性という物はぬぐい去るのは難しいだろうと思う。また、無くすべきかどうかも分からない。しかし現在、果たしてまだ「和」や「家」が存在するだろうか。核家族化が進み、近所づきあいも減った今、それはほとんど消えたのではないか。そしてそれは、家だけでなく他の集団でも起こりつつあると感じる。同じ集団に属しながらも仲間意識というものが薄れてきている。そうなった時、その集団の特徴が所属する人々の特徴になり得るのかは疑問である。
 確かに、ブランドで人を判断することは簡単だ。初対面の人をいきなり多面的に判断しろと言っても無理だろう。しかし、だとしたら、初対面で相手を判断しないべきだと考える。ブランドで判断してその第一印象から抜け出せないことが多々あるからだ。ナポレオンの言葉に「人は制服の通りの人間になる」というものがあるが、私から言わせれば「人は制服の通りの人間でもある」だ。

   講評   kan

 こんにちは、たば星人くん。定期テストも終って一息つけましたか? そんな暇はないって?(笑)思い切り勉強に打ち込む一年があるというのも悪くないですよ。その渦中にいると理解し難いかもしれませんけどね。
 次回は進級試験です。毎週コンスタントによいものを書いていますのでこの調子で取り組んでみましょうね。
   

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 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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