国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく。

昨日2426 今日175 合計52511
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

小学1・2年生   小学3・4年生   小学5・6年生   中学1・2・3年生   高校1・2・3年生

   テストという制度はあるべきか   うさぴょん

 世の中には様々なテストがあるが、この制度に対して人々はどう考えているのであろうか。私は、この制度に賛成である。
 私がテストという制度に賛成する第一の理由は、「自分の実力が他者と比べてどの程度であるか」ということが分かるからである。端的にいうと「自分は頭(や技術)が良いのか悪いのか」が分かるということだ。例えば、自分がA子さんより何点か高ければ、その分野においてA子さんより勝っていると言える。逆もしかりで、比べる人数が多ければ多いほど、より正確なデータが得られるだろう。また、自分の将来を決めることもできる、というのは言い過ぎだが(笑)。私は受験勉強をして、模試を受けて「偏差値」というものを出した。受ける教科は国語・算数・理科・社会の四教科で、各教科・全体平均などの偏差値が出る。それを参考にして志望校のランクを上げたり下げたりする。
 第二の理由は、「テストという目標があることで勉強する」からだ。もし、テストがなかったら、緊張感がなく、私は全然勉強しないだろう。しかし、テストというスリルのある行事があることで、私は勉強せざるを得ないのだ(笑)。日頃復習をせずにテストで0点を取りたい人なんていないだろう。
 ところで、反対意見はないのだろうか。きっとたくさんあることだろう。例えば、
「テストのためだけに頑張っていたら、将来テストがなくなった場合に勉強しなくなってしまうのではないか。」
とか。そう、そのとおりである。学生のうちはテストがあるが、社会人になったら自分を試してくれるものはないだろう。だから、毎回テストを受けた後、自分で復習し、次はどんな問題が出るのか、苦手なのは何だったのかをしっかり自己分析するべきなのである。「脱皮できない蛇は滅びる(ニーチェ)」という名言があるが、いつまでも人に頼っていてはいけないのである。これは、学生である私にも言えることで、なんだかドキッとした(笑)。また、テストの点数ばかりに目がいって、点数で人間性を判断する人がいるからいやだと思う人もいるであろう。そう思うのも無理はないと私は思う。だから、周囲の人間が点数だけで人を判断するのをやめればいいのだ。そのためには、まず自分もそう考えることをやめなければならない。
「アイツは俺(私)より点数が低いから馬鹿だ。」
という認識をなくさなければならない。同時に自分を卑下することをやめる。そうすればいいのではないだろうか。
 以上のことをふまえて、私はテストという制度に賛成である。

   講評   nara

反対意見への理解が充実したね。テストを受ける機会が少なくなった大人にとって、「テスト」的な意味合いを持つものがあるのかなども、発展内容として考えてみるといいよ。

毎月の学年別「森リン大賞」作品集森リンの丘 
 自動採点ソフト「森リン」で上位になった作文を掲載しています。
 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

作文教室受講案内   無料体験学習   作文講師資格 
Online作文教室 言葉の森  「特定商取引に関する法律」に基づく表示」  「プライバシーポリシー」 
お電話によるお問合せは、0120-22-3987(平日9:00-19:30)