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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   季節の味わい   じょー

 季節はどこでも味わえるものではない。赤道の真下に行けば年がら年中夏だし、逆に北極南極に行けば毎日が冬である。しかし私は日本という地域に住んでいる限り、季節つまり四季が訪れるのだ。地球が傾いているおかげで、太陽の光の加減が変化して行き、暑い寒いに左右されていく。春は生命にとって始まりの季節であり、夏は盛んに成長し、秋に実り、冬に枯れる。このリズムは大自然の決まりのような気がする。しかし、今日技術の発達した世界に季節感と言うものが無くなりつつある。暑い夏は部屋の冷房で免れ、寒い冬は暖房をかければよい。だが、そんなことでは大自然からはずれてしまう。大昔の人間が、過ぎて行く日々の中に変化を感じながら生きてきたように、人間である私も自然の中の一員として季節と共に生きていきたいと思う。
 季節を味わう方法としては第一に、やはり自然の中に入ることだ。現代は季節が薄れてきている。季節が薄れてきたと言っても、それは都会のことであって、田舎に行けばまだ自然はたくさん残されている。私の祖母の家は田舎にあるため、周りのどっちを向いても山!山!山!なのである。今まで何度も訪ねに行ったがエアコンがついているところをあまり見たことが無い。むしろ、エアコンをつけてしまうのが勿体無い感じであった。夏休みに行くと、従兄弟も集まってきて庭でみんなで西瓜割りや、縁側でそうめんをつっついたり、夜になれば花火大会(……まではいかないかもしれないが、打ち上げ花火など)をやった。私は今の設備の効いた生活が嫌だとは言えない、しかし住むのであったら自然に囲まれた所に住みたいと思っている。そうすれば、冷房のために締め切りである家では必要の無かった「風鈴」が使えるし、最も自然と一緒に変化していく動物とも触れ合ってみたい。
 季節を知っている人と、知らない人ではどっちが得をするだろう。一見どうでも良いように思えるが、なにかと人生を生きていく上では自然の中で過ごしてきたほうが強いのだ。例えば、伝記にある織田信長は若い頃、山の中で修行(?)など、周りの武士達とはちょっと変わっていたことで、とんだ空け者だと罵られていた。しかし実際、天下統一の起源を作ってしまったのだ。まるで金太郎みたいなやつだ……。(金太郎は空け者ではないが)私が思うに、信長は自然の人間を遥かにこえる大きな力や特性を知っていて、様々な場面でそれを活用していったのではないかと。
 人間は元々大自然の中にいたが、いつしか人間自身の手で世界を作り、最高に快適な生活をすることが出来るようになった。エアコンのお陰で暑い夏に勉強に励むことや、真冬の寒い朝でも布団から出ることも楽だ。確かに、人々にとって快適な空間を与えてくれるのは素晴らしいことだが、しかし一年間ずっと同じ形で過ごしていくのもどうかと思う。寒さにふるえた者ほど太陽の暖かさを感じるという名言にあるように、我々にとって一年間の中に春夏秋冬のリズムは必要なのである。

   講評   nane

 書き出しの意見に入るまでの文章がよく書けている。説明風に書いているけど、長い割りに飽きさせないのは文章力があるからだね。
 第二段落の第一の方法と実例は具体的。田舎に行って、自然の中で暮らすと、快適な生活とはまた違うよさがあることがわかる。風鈴なども、考えてみると、ずいぶん粋な道具だよね。
 第三段落は、第二の方法を書いてみよう。第一の方法が個人の心構えのようなものだとすると、第二の方法は社会や教育のあり方のようなところで書くと書きやすい。信長の伝記実例はうまくあてはめた。信長、エジソン、福沢諭吉などは、いろいろなところで使えそう。
 「寒さにふるえた者ほど……」の名言もいい引用。このあとの文を「春夏秋冬は必要」と結ばずに、もうひとひねりしてみよう。

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