国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   次世代を「叱ること」で育てる   タクミコ

私が若い頃、私の文章の言葉遣いについて時折注意して下さるニ、三の先輩がいたが、当時の私は若く自惚れが強くかったためになかなかそれが受け入れ難かった。しかし、経験を重ねていくうちにあえて苦言を呈し、叱って下さった方々を省みて有難く思う気持ちは強くなるだけでなく、その先輩の生き方に対しても敬意を抱くようになってきた。だから同様に、学校教育の現場でも先生は自覚と誇りをもって生徒の日常の言葉遣いなどについて叱っても良いのではないだろうかと思う。子供の成長のためにも、学校の先生や両親は子供に対して叱るべきところはきちんと叱って育てるべきである。
そのための第一の方法は、まず大人が常に謙虚な気持ちを大切にすることである。自分ができていない事を他人に注意しても説得力がまったくなく、むしろ逆効果になり反発を招くだけである。例えば、私の担任の先生は何事にも厳しいことで有名だが、彼女は私たち生徒への対応が必要以上に厳しいだけでなく、自分自身には甘いと、評判が悪い。自分がミスをした時には笑ってごまかそうとするが、私たちにはちょっとしたことに対しても生活態度が悪いと、ホームルームの時間に説教をして私たちのクラスの終礼時刻が他のクラスよりも大分遅くなってしまったことが何回もある。また、彼女は自分の感情を思いっきりあらわにするため、不機嫌な彼女が教室に入ってきただけでそれまでのムードが完全に崩れ、教室全体が不機嫌になってしまうのである。もちろん誰にだって不機嫌な時や何もかもが気に入らない時があるが、だからと言ってその都度それを他人にぶつけるのはどうかと思う。また、自分が教師として生徒にどれだけの影響力を持っているのかをきちんと自覚し、子供が理想として思い描けるような「大人」を目指すべきだと私は思う。従って、叱っている側としても自分自身が謙虚な気持ちを大切にし、学びの姿勢を忘れずに叱るべきである。
また、叱ることによって育てるための第二の方法は良い意味での「上下関係」を築き上げていき、様々な人との関係を通じて広い視野をもつことである。上下関係というものは本来、元々「存在」しているものではなく、自分が先輩に対して敬意を抱いていて、それを表すために敬語を使ったり敬意を払ったりするという関係に名称をつけたものである。しかし、現在では上下関係は形式上のものだけに留まりつつあると私は感じている。私のまわりにも、上下関係を自ら確立していくのではなく、元々自分の印象に存在している「上下関係」というものをそっくりそのまま「先輩だから、しょうがないから」と真似ている人もいる。しかし、それは上下関係でも何でもなく、そのような関係で広い視野を持つことができるとは思えない。理想の上下関係が「普通」であった日本の平安時代の国風文化において、現在の成人式のような、一人前の大人として認められる儀式である「元服」や「裳儀」というものがあった。それは大体十二歳から十六歳頃に行われるものであったが、年齢が成人式よりもかなり若いことからその時代の青年が現代の青年と比べてどれほど「大人」に近い状態であったかがうかがえる。彼らは上下関係を含む様々なものを通して成長していくことができたのではないだろうかと私は感じる。
確かに、極端に叱るのは返って反発を招いてしまい、逆効果になってしまう。しかし、大人は経験も豊富な上の世代として、世界の将来を背負う、未熟な若者にきちんと叱る必要がある。一番怖いのは、叱られている時ではなく、叱られなくなってしまった時である。叱ってくれる人がいなくなった時、それが本当の自立の時であり、そこからは自らの力で成長していかなければならない、ある意味で孤独になる時だと思う。子供の成長のためにも、親や学校の先生は叱るべきところは叱り、社会に通用するような大人を育てあげていく義務がある。

   講評   hota

 複数の方法と、それぞれの実例もいいね。今回はいろいろ思い当たる体験があったのですね。「体験実例」がとても充実したものになっていました。

 また、結びの段落がいいね。「叱ってくれる人がいなくなった時、それが本当の自立の時であり、そこからは自らの力で成長していかなければならない、ある意味で孤独になる時だと思う。」のところが、特にいいです。「よくわかっているなあ」という感じですね。年長者としては、若い世代がみんなタクミコさんのように「わかって」くれているととても楽なんですが。(笑)

★担任の先生についての「体験実例」は、とてもよくわかるものでした。まだ叱られる側の立場である時、みんなこういう経験はしているよね。子供は、意外に鋭く、大人のごまかしや自信のなさを見抜いているものです。大人としては、まず自分を必要以上に立派なものにしないことが必要ですね。それが、タクミコさんが書いた、「謙虚さ」ということですね。そして、子供をも一個の個人として、認めてやること。「個人対個人」という意味では、大人も子供も対等だと、私は思います。ただその上で、長く生きてきたという経験は大人にしかないものなのだから、大人はその点で自信を持って、子供を叱り、指導すればいいのだと思います。支配しよう、管理しようと思っている限り、うまくいかないような気がします。


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