国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   すごく痛かった思い出   コムギコ

 「ゴン」
 とにぶい音。そのにぶい音は僕が机にひざをぶつけた音だ。そんな痛いいやなことが月に二、三回ある。だが、ひざをぶつけて痛いところと痛くないところがある。痛くなるところをぶつけると
 「ジーン」
ときて五、六秒その痛みは引かない。そしてそのあと青あざができる。その中でいちばん痛かったいやな思い出がある。
 僕はテニスを習っている。テニスのボールあつめの時、ネットの支え棒のところに、ひじをおもいきりぶつけてしまった。走っていたので、ジーンといつもの痛みが歩いていたときより走っていてずっと痛く、倍近くなって、
「ジイーン」
 ときた。そのときは痛みが七秒くらい引かなかった。それがいままでで一番痛かった。もう二度とぶつけたくないと思った。二度とぶつけないようにもっと気をつけたいと思った。
 思いっきりぶつけて、痛いのが引いたと思った後にはすぐ青あざができる。だいたい一円玉くらいの大きさだ。たまにひどくぶつけた時には五円玉や、十円玉くらいの大きさになる。少しはなれたところからみて見ると、まるで青い小さめのスタンプをひざに押したようなかんじだ。その青あざを押すと痛くなる。それが、僕にとってイーチばん痛かった思い出だ。思いっきりつくえや硬いものの角ばったところなどにぶつけたときは最悪だ。ひざが割れたような変ないやでジーンとくる痛い感覚だ。(笑)
 痛みとは人間にとっていやなものであるが、何の痛みも無くぶつけても大丈夫なら人間は何の学習もなく、進歩しないと思う。つまり痛みとはそのためにあるのだと思う。痛みがあれば次からはこの痛みを感じないためにこうしよう、という気持ちがわいてくるので一回くらいは次から気をつけようという気持ちがわくように痛みを感じたほうがいいかもしれない。次から痛みを感じないために物に体をぶつけないようにしていきたいと思う。人間というものはいろいろな体験を通じて、痛みを経験して学習するのだと僕は自分の体験を通じてそう思った。


   講評   muri


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 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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