創造と発表の新しい学力
総合選抜入試にも対応。探究学習を超えた、新しい創造発表学習。
AI時代には、知識の学力よりも、思考力、創造力、発表力の学力が重要になる。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   人間の人間による人間のためのルール   ノンキィ

 他人の身体に起こっておることを生き生きと感じる練習が、小学校では行われないのは残念である。不幸に耐える力を子供に与えられないならば、学校の存在理由は無い。人間関係を結ぶときに重要なのは、規則を守ること自体でなく、他人もその規則に従うだろうという相互の根源的な信頼の成立なのだ。
 私の暮らす町、京都では今ほとんどの公立学校の二期制化が進んでいるようで、例に違わず私も九月末、土曜日曜に重なった三日間の秋休みを頂いた。終業式前の三者面談で担任に手渡された通知表。内容はともかく、それを見ていた私は小学校を思い出していた。小学校の通信簿には、成績の評価に加えて生活面を評価する項目も幾つか設けられている。今にして思えば、それらは他のどんな理由でもなく、子供達に社会的なルールや作法を身につけさせるためにあるのだろう。それを見て親が子に注意するのか、自分で改めるのかは知らないが、いずれにせよ、このような規則は大人側からの一方的な押し付けでは本来の意味を発揮しない。つまり、子供がそのルールの前提を理解する必要があるのだ。社会的な礼儀や作法が若者の間で軽視されつつある今日、私はまずなぜその規則が作られたのかということを常に考えるようにしたいと思っている。(主題)
 先に、規則は大人の強制からでなく、子供が自ら意志を持って守ることが大切だと述べたが、おおよその子供はそのように聞き分けの良いものではないと、我が身をもって認識している。けれど子供達は、様々な人との付き合いや体験を通し、無意識の内にそれを身につけてゆく。私は、制服に関して学校で注意されたことがある。第二ボタンを閉めなさい、スカートが短い……。中学二年になっても注意される理由が分からず、“べつにいいやん”と、式典行事の際も同じような格好をしていた。しかし、最近になってようやく実感が湧いてくるようになった。日常生活はさておき、フォーマルな場でだらしない身なりをしているのがどれほど格好悪く不適切か。そうして、このような実感がルールの尊守の支えになっていることを。ある規則が存在するとき、守る側と課す側の共通認識が欠けていればそれは成り立たず、表面だけのものになってしまう。だから、もっと幼い子供に人間社会の基本ルールを学ばせるためには、それが必要とされる理由を、身をもって経験させることが重要なのである。(体験)(方法1)
 社会的ルールというものは、それぞれ異なる意思を持った人類が、共に暮らしてゆこうするからこそ必要になる。全ての人が同じことを考えるなら、皆を統一させる規律の存在価値はない。従って、ルールを作りそれが全ての人に受け入れられるようにするためには、人間世界で最も大切な“共存”への意識が深く関係してくる。人は成長するにつれ多くの感情を獲得してゆく。喜怒哀楽に始まり、嫌悪感、恋愛感情と、挙げだしたらきりがない。肝心なことは、人生で一番感受性の強い幼少の頃に、他者も自分も同じように楽しみ、悲しんでいるのだと理解することだ。お互いに人間として生きる価値を認め合う関係を、人は共存と呼ぶのだと思う。アメリカの南北統一に貢献した偉大な大統領エイブラハム・リンカーンは、黒人奴隷に対する理不尽な規律を是正すべく、彼の人生をアメリカのために投げ出した。色が違う、ただそれだけで誰かの人間としての存在価値を貶める。そんな習慣が根付いていた当時のアメリカは、“共存社会”とは決して言えない。人を大切にするために基本とされる規則は、相手を認めようと心がけることでおのずと身につくものである。(伝記)(方法2)
 だが、「民主主義は教科書に書かれてはいない」というように、豊かな共存社会を作り出す方法の書いたマニュアル本などないし、教科書に書かれている通りに行動すれば良い社会が作られるなら、平和な社会を築くのは今よりももっと楽なものだろう。しかし、現実はそんなに単純ではないことくらい、もはや周知の事実である。
— 色が違う 形も違ってる それでも 野に咲く花たちは 何一つも間違いを起こそうとはしない —
CHEMISTRYの一人、川畑要さんの“No Color Line“という曲のワンフレーズだ。感情を持たない花と違い、人が何の争いもなしに共存することなどありえない。だからこそルールが作られ、守られる。まだ社会性の確立しない子供にとって、大人の作った規則を従順に守るのは、時として耐え難いものである。けれど、なぜそのようなルールが成り立っているのか、相手も自分もうれしくなるためにはどうすればよいか、一つずつ考えながら、子供は大人になってゆく。そんな子供達が大人になったとき、世の中はもっともっと良いものに変わってゆくだろう。そう信じている。(主題)(名言)(詩)

   講評   nara

 今回も力作だね。ルールとは何のためにあるのか? 「ルールだから守らなくてはならない」とよく言われるけれど、これほど説得力のない意見はない。そのルールがなぜ存在するのか、そして、それは必要なものなのかを、自らの身と心とで理解し、かつ複数の人間でその理解を共有しないと、ルールとしては成り立たない。成り立ったルールは、本来的には共通理解があるはずだから、「守りなさい」という言葉は不要なはずだ。そうなっていないから、「ルールを守るためのルール」のようなものも作らなくてはならなくなるのだね。
 第一方法:体と心との両方で感じるというのは、幼いときだから・幼いときでないとできないことなのだろうね。小学校高学年になると、ある時期は体がどんどん成長する一方で、心はまだまだ子供のまま。少し先になると、体の成長はほぼ止まり心の成長期に入る。心身両方が同時に成長する時期というのが、幼稚園のころなのだととらえることができるかな。
 第二方法:こちらは大きな視点で攻めてきたね。これはこれで説得力がある。根本的には、「人は一人では生きられない」という事実を受け止めているかどうか、というところに関係するのだろうね。一人一人は異なる人間であるという自覚と、異なる人間と思いを共有するという一見矛盾したことを可能にするのが、ルールだということになりそうだ。
 「民主主義……」の言葉はぴったりだ。教科書というだれかが作り上げたものを一方的に教え込まれるだけでは、何も解決しないのだね。民主主義は学ぶものではなく、作っていくものなのだと名言を自作してもいいかな(笑)。

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 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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