国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   笑顔の裏に   ノンキィ

 アメリカ人はいつあっても機嫌がよさそうに微笑んでいる。しかしその笑顔は実は、意識的な努力の賜物である。日本人には理解しがたいこの笑顔は、英語表現の基礎なのかもしれない。
 昨年12月、入学時から待ち望んでいたオーストラリアへの修学旅行に行ってきた。グレートバリアリーフや熱帯雨林を訪れたり、コアラを抱いてみたり。想像通り、いやそれ以上の感動を得られた5泊6日だったが、中でも一番印象深かった経験が、ケアンズ郊外にある現地学校との交流である。浴衣やら剣玉やらを手に訪問した私たち日本人を前に、初めこそ表情が硬かったものの、すぐにお互い打ち解けとても楽しい時間を共有することができた。しかしその中で、今でも一つだけ心に引っかかっていることがある。それは、向こうの生徒達の一見とてもにこやかな顔にどこか社交辞令的なものを感じた瞬間、私の胸をよぎった不安である。国を越え、人種を超えた普遍の事実は確かに存在する。けれどそれぞれの文化を比較したとき、きっと全く異なった習慣や思想の方がずっとたくさん見つかるはずだ。だから私たちが国境を越えて人と向き合っていくためには、その違いをも受け入れられる心構えが不可決だと思う。ただ英語を話せるというのでなしに、内面的な国際感覚を研ぎ済ませていきたい。(主題)
 そのためのステップとして、まず自分達の文化にはない要素について先入観を捨てることから始めたい。三年前、生まれて初めて英語を習ったとき、AETのアメリカ人と拙い英語で必死に会話をしたときのことを思い出した。確かそのときも、彼女が満面にたたえる完璧な笑顔に、“もしかすると私はとんでもなくめちゃくちゃなことを言っているのかも……”と不安を抱いたことがあったのだ。その後何回かAETが変わり、英語圏の様々な国から来た先生たちとできるだけ積極的に言葉を交わした。ふと気がつくと、英語に触れて約三年、英国から来た新しい先生と会話するとき無意識に笑顔を“作る”私がいる。バスの中で観光マップを広げる外国人と目が合うと反射的にニコッとする私がいる。彼らにとっての笑顔は、確かに社交的なものではあるが、それは決して一線を置いて接しているのではない。あなたに好意を持っていますよ、どんどん話しかけてね。暗にそんなことを表しているのだと気付いたからだ。そして、それまで持っていた欧米人は表面だけ笑顔なのだ、という先入観を早くに捨てられたからだろう。異文化間の交流を試みるとき、相手に対する思い込みは障害にしかならない。そんなものはさっさと捨て置き、まっさらな心で相手の文化を受け止めようとすることは何よりも得策であるようだ。(方法一)(題材)
 さらに、ある程度の地点で妥協点を作ることも大切だと思う。もともと全く異なる文化はどちらか一方がもう片方に完全に同化してしまうことなどありえないのだから、相手の文化全てに自らを染める必要はない。日本でだれかれ構わず笑顔を振りまくことは、ともすれば不謹慎だと捉えられかねない。私がオーストラリアで交流相手の笑顔に違和感を持ったのは、それを日本での笑顔の価値と同じ尺度で測ったからだろう。例えばそれは、欧米人にとっての敬語のようなものなのかもしれない。couldやwouldといった言い回しはあるものの、日本語のような時と相手に応じた細かい分類はないし、どちらかといえば態度や物腰で相手に敬意を示す言語を使う彼らは、たとえ日本語を文法上正しく使いこなせたとしても、それを自分のものにするのはとても難しい。“地図の上朝鮮国に黒々と墨を塗りつつ秋風をきく”。石川啄木は、戦前に朝鮮半島を植民地化し、朝鮮人に創氏改名を強いた日本への深い哀しみを歌った。表現や言論の自由が制限される中でも、一つの文化を強制的に自国へ同化させることへの矛盾を彼は強く感じていたに違いない。違いを理解することと、それを同一化することは決して同じではない。それを踏まえた上で異文化に触れることはとても大切である。(詩)(伝記)(方法2)
 もちろん、言語を学んだり海外留学をしたりすることに比べ、先に述べたことを我が物にするには長い道を要する。そして同時に、大きな失敗を伴うこともあるだろう。しかし、“政治は軍隊と警察を必要とするが、その味方でしかない政府は、民衆の支持を得られない”という通り、国際人としての表面的な要素を集めるだけでは真の国際感覚を身につけられない。自分とは全く別の文化に飛び込んでゆくのだから、失敗して当然である。国際感覚を身につける特効薬などないのだから、一生をかけて手にできれば上等なくらいだ。修学旅行中感じた不安は、10年後には解消されているかもしれない。けれどもそのときにはまた別の不安を感じているだろう。それでいいのだ。焦らず気負わず、相手の文化を受け止め自分を表現し、違いをどんどん吸収できるような器の広い人間になりたいと思う。(主題)(長文)(名言)

   講評   nara

 意識的に笑顔を作るということが習慣付けされている人からすると、日本人の笑顔も自分同様意識的なものだと思うだろうな。しかし、日本人の笑顔は、肯定でも否定でもなく曖昧さの中で出されることも多い。笑顔の意味が全く異なるのに、笑顔であるという共通点だけで判断することで、相手に対してそれぞれ違和感を持ってしまうのかもね。第一段落の「内面的な国際感覚」というのはいい主題だ。
 第一方法は、「同じ笑顔である」というところから発する思い込みを捨てるということね。日本人は曖昧な笑顔を浮かべるし、他方でいつも笑顔の人を八方美人のように下げてとらえることもある。そもそもの笑顔の意味合いが異なるということに気づかなければならないね。1月3週分の長文が参考になりそう。欧米人は意識的に笑顔を作っていることについて、無意識になっているのかもしれないな。
 第二方法:この段落を読んで「受容」という言葉を思い浮かべたよ。この段落は第一方法の発展形という位置付けだね。違いを理解することと同一化することをない交ぜにしてしまいがちなのは、日本人の付き合い下手に起因するのかな。違う人がいない、すなわちみんな一緒……そういう世界の中で長いこと過ごしてきたのだから、異文化の人との接し方を知らないとすれば、やっと今、その試行錯誤は始まったということになる。
 第一段落の「内面的」に立ち戻り、まとめも丁寧に仕上げられた。この「内面的」という捉え方は、例えば男女平等などでも使えそう。(ここしばらくそういう話題に事欠かない。)

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