創造と発表の新しい学力
総合選抜入試にも対応。探究学習を超えた、新しい創造発表学習。
AI時代には、知識の学力よりも、思考力、創造力、発表力の学力が重要になる。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   日本語は難しいらしい?   うさちゃん

 日本語は、いままで日本民族によってしか使われたことのない内輪の言語、つまり、部族言語だ。この日本語が、いま徐々に外の視点を加味して整理される芽生えがでてきている。もし外国人が日本語を学ぶ勢いがこのままおとろえなければ、日本語も大きく変わると思う。だからといって、日本本来の内側の視点は閉鎖社会のなごりだからやめるというのは、大きな間違いだ。日本語は、外国人によって学ばれ、使われた経験がないために、植木屋を十年も入れなかった庭みたいでめちゃくちゃに枝がのびているという状態だ。日本は、これからどうやって日本語を刈り込んでいったら国際普及の日本語になるかということを考えなければならない。
 「耳ッケロしてー。」
「じゃあ早くそこに寝っころがって。」
耳ッケロとは、私の家の中だけでしか通じない言葉だ。そして、その意味は、耳を掃除すると言う意味だ。どうして耳ッケロになったかはよく分からない。たぶん、昔私が耳掃除をいやがったから、母が「耳掃除しようね。」ではなく「耳ッケロしようね。」と面白く言ったことが始まりなのかもしれない。妹が生まれる前からその言葉は私の家の中で使われていたため、妹は、耳掃除は「耳ッケロ」と言うんだと思っているらしい。(笑)これを外で誰かに言っても、絶対誰にも通じないということをまだ妹には伝えていない。このように、それぞれの家庭に一つや二つはその家庭でしか通じない言葉があると思う。
 そういう言葉が仲間同士で広がった例もある。例えば『ぱくる』という言葉がそうだ。
今、『ぱくる。』と言えばほとんど誰にでも通じる。広辞苑という大きな辞書で引いても出てくる言葉だ。多くの人は、真似するという意味で使っていると思う。しかし、『ぱくる』とは、店先の商品などをかすめとる。または、金品をだましとる。と言う意味で、真似するとは違うのだ。それを知ったのは、六年生になってからだ。ある日、先生が朝の会に、『ぱくる』という言葉についてみんなに話してくれた。
「『ぱくる』っていう言葉知ってるよね。」
(教室がざわめきだす。)
先生がいたずらっぽく言っているから、なんとなく私が今まで使っていた「真似する」という意味とはなんとなく違うような、いやな予感がしてきた。
「静かにー!『ぱくる』ていうのは、本当は泥棒だけの言葉だったんだよ。泥棒が、『あの商品を盗もうぜ。』とか言ってたら、ばれても当然でしょ、だから、盗むじゃなくて、ぱくるって言葉を勝手に作ったんだよ。」
私は、正直言って、それを聞いた時、恥かしくなった。なぜかというと、今までそういう意味だと確信して使っていた言葉が全然違ったからだ。この様に仲間同士で使っている言葉が広がると、言葉の意味がちょっと変わって使われることもあるようだ。そうして言葉が変化していって方言というものが生まれてきたのかもしれない。
 母は大学生のころ、なんと、青森県で競走馬生産牧場でアルバイトをしていたそうだ。
「青森県のへき地でアルバイトをしたから標準語でしゃべれる人が少なくて、何言っているのかさっぱり分からないのよね。」
「どうやって会話するの?」
「身ぶり手振りよ。よく分からないから首かしげていると、だんだん怒り出してしまうの。そりゃぁ、腹も立つよね。だって、自分の言っていることが私たちに伝わらないんだもの。」
「一番印象に残っているのは?」
「一緒に働いている人に怒られた事ね。何を怒られているかは分からなかったけど、言葉が通じなくても、口調と表情で怒っているということは分かるのね。外国人に怒られても同じような感じでしょうね。」
 外国人といえば、最近日本語の勉強や、日本の文化などを学ぶ人が多くなってきているらしい。しかし、日本語は、『ぱくる』などのように、日々変化したり、新しく作られたりする。この事から、外国人にとって、日々変化する日本語を学ぶのは、私たちが外国語を学ぶ時のより難しいのだと言う事が分かった。(私たちって日本人でラッキー?)
 人間にとって他の言葉を学ぶということは、その民族を理解するということにつながるのだ。

   講評   tama

 日本語の難しさ(ややこしさ)について、よく考えて書くことができました。「耳ッケロ」は、うさちゃんたちの間でしか使われない言葉ですし(でもかわいい! 笑)、方言もその土地でしか使われないので、日本語の中の「部族言語」のようなものですね。同じ言語でありながら、このようにたくさんの言い方があると説明されても、なかなか納得できるものではないでしょう。外国人が混乱するのも無理はないですね(笑)。言葉を理解するためには、その民族や文化についての理解を深めることも大切です。
 そして今後、日本語が世界に通用する言語となるためには、わかりやすく、学びやすいように形を整えていくことも必要だと言えそうです。

【体験実例】 意味が変化して使われている言葉はいろいろありますが、どちらの意味でも使われる、というところが、また日本語をややこしくしている原因なのかもしれませんね。
 お母さんが苦労されたように、私の友人も「津軽弁」で話すお年寄りと会話ができず、苦労したようです。「ニホンゴハ、ムズカシイ(外国人風に)」ですね(笑)。


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