痛みの思い出。 Black Butterfry
「痛ぁっ・・・」
この瞬間、私は本当に人生が終わるかと思うくらいの激痛を感じるハメに落ちいった。
ことのおこりは、その日の朝方。
寝返りを打った私の足に激痛が走った。
「な、何でこんなに痛いんだろう?」
そう思いながらも、私は深い眠りについてしまった。
夢を見ていても、足がズキズキとしているのが感じる。
「痛い、痛いっ」
・・・翌朝、私は体を起こそうと立とうとした。
しかし、次の瞬間私の足は滑ったように床を踏み外し、その場に倒れてしまったのだ。
もちろん、見ていた家族も驚きの表情を見せる。
私も、もちろん驚いてしまいあんぐりとあいてしまった。
私は、もう一度立とうとしたが今度は、足に全く力が入らずに倒れこんだ。
「え、何で?」
私は、そう呟きながら何度も何度も立とうとした。
しかし、立ち上がれそうな気配は全く感じられない。
「痛い痛い痛い痛い痛い・・・」
座っていても痛みがズキズキと痺れる。
立とうとすれば、なおさら痛みは増す。
まるで、カッターや何かの刃物で思い切り足を刺されたような痛みだった。
「誰か、私が寝ているときに足踏んづけたりしたのかなぁ・・・?」
私は、そんなことを思いながらショックを受けていた。
私は、腕の力を振り絞って立とうとした。
しかし、私の足は思うように動いてくれはしないのだ。
「ど、どうしたの?」
母と祖母が急いで、私に駆けつけてくる。
「あ・・・足が全然動かない」
「え?」
「足に力が入んない。てゆーか・・・かなり痛い」
母と祖母は、驚きを隠せずにいたが何とか私を立たせようと協力してくれた。
祖母の肩を貸してもらい、立ち上がろうとした。
ガクンッ。
失敗。全然ダメ。
これじゃあ、好きなところにも行けないし、トイレにも行けないではないか。
私は父に背負われて、トイレに行く。
悔しさと惨めさと痛さで、涙が頬を伝ってくる。
「明々後日は、アメリカに行くのに・・・。どうしようか」
母がため息に混じって、呟く。
そう。
三日後、私は母と兄とその他の友人でアメリカのサンディエゴでホームスティをしに行くのだ。
アメリカに行くには、たくさんの重い荷物を担ぎ、飛行機に何時間も乗らなければならない。
それだけではない。
長時間バスにも乗るし、何よりホームスティ先の家族に迷惑がかかってしまうではないか。
私の心は、不安と絶望感でいっぱいだった。
「とりあえず・・・病院に行かなきゃ。」
母はそう言うと、私を車に乗せ近くの病院まで飛ばした。
「お医者さん。お願いしますっ!私のこの足の激痛を治してください!アメリカに行くことが出来ますように!
あなたの腕前で、私の運命が決まるんです。どうか。私を助けてください」
私は、かすかな光を希望に、近所の病院に向かった。
医者は、私の足を見て言った。
「うーん、そんなに悪いところはなさそうなんだけど」
はぁっ!?ちょっと、あんた、ちゃんと見てんの!?
タダでさえ、イライラしているのに私が仮病を使っているような言い方をされ、私はますますイライラが貯まってきた。
「とりあえず、レントゲンを撮ろう。悪いところが見えない部分にあるかも知れないから」
だったら、最初からレントゲン撮ってよ!
私はイライラしながらレントゲンを撮った。
医者は、レントゲンを見てこう言った。
「別に悪い部分はないんですけどねぇ」
おいおいおい。それじゃあ、困るんだよ。
そんな医者の調子に、母が言った。
「三日後には、アメリカまで行く予定なんです。」
すると医者は言う。
「アメリカですか!?そりゃ、行きたいよねぇ〜。よし、治さなきゃな!」
だから、早く病名をハッキリさせてくれよ。
結局、病名もハッキリと分からず私と母はその病院から出て行った。
「痛いよォ〜・・・」
そう呟く私は、弱音を吐きながらもさっきのヤブ医者に対し、まだ腹を立てていた。
「あんなヤブ医者が経営している病院なんか、この街にいらないやい。
あんな病院、潰れちゃえ!潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ」
私は、まるで呪いの呪文を唱えているように心の中で思った。
「とりあえず、寝てなさい。寝ている間に痛みが取れるかも知れないしね。」
母はそう言って毛布をかけてくれた。
このまま、痛みが続けば私はアメリカへは行けなくなる。
いや、それ以前に生きることさえできないかも知れないのだ。
そんなことを考えているうちに、外は真っ黒に染まりお風呂の時間になってしまった。
私は、上半身を起こし、床を張りながらお風呂に向かった。(変人行動)
私は、「天国って、いいなぁ〜。学校行かなくてもいいし、親に怒られなくてもいいし!
天国、早く行きたいなぁ〜」
なんて、思ったことはあるけどやはり、いざとなると死ぬのが怖くなってしまった。
人間って、なんて臆病で単純な生き物なんだろう。改めて、人間のちっぽけさを深く考えた。
すると、母が物置の棚に足をぶつけ、膝から血を流してしまったのだ。
その光景を見ながら私は思った。
・・・誰かがこの家族を恨んでいるのか?
何が憎くてそんなことを・・・いや、これでけでは済まされないかも知れないのだ。
そのうち、もっと恐ろしいことが・・・
その前に、ここを出ていって静かな落ち着いた場所に引っ越そうか。
いや、その前に私の足は動かないだろう。
引越しなんて、夢のまた夢のそのまた夢のメルヘンだ。
今になって気づけば、あの頃の自分は馬鹿だったなぁ、とある意味感心してしまう。
それから、間もなくして足が回復に近づいているような気がしてきた。
痛みが先ほどより薄くなり、少しの範囲が歩けるようにもなったのだ。
そして、難関を越え私はアメリカ・サンディエゴへ満面の笑みで行けたのだった。
現在に至っても、あのときの足の激痛は一体、何の病名だったのか、わからないのだ。
もう、あの血の滲むような痛さを体験したくない。
健康には十分に気をつけなければ、と改めて心に留めた。
人間にとって、「痛み」とは今まで分からなかった「痛み」自身を改めて実感させれれるものである。
「痛。」