創造と発表の新しい学力
総合選抜入試にも対応。探究学習を超えた、新しい創造発表学習。
AI時代には、知識の学力よりも、思考力、創造力、発表力の学力が重要になる。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   面倒は福を呼ぶ   アフロ軍曹

日本はすばらしい手仕事の国だ。西洋は機械の働きがあまりにさかんで手仕事が衰えている。手仕事が減ってくる、また、機械仕事が増えてくると色々な害が現れる。機械仕事が増えると第一に国民的な特色あるものがとぼしくなってくる。機会は世界のものを共通にしてしまう傾きがある。また、機械仕事で作る品物は粗末なものが多いし、働く人の喜びを奪う。
私はこの話を読んで、手作りのものは美点がたくさんあることを知った。
私の妹の学校ではスモックやエプロンとそれらの入れ物、エプロンや靴袋に音楽袋、絵の具バック、体操着袋というありとあらえるものに刺繍をしなければならない。ほかの人のものと区別をするために学校で決められたことだが、不器用な母にとってはその決まりごとは<<表現・たとえ>>まるで拷問のようだったらしい。しかし、私の家の近くに祖母が住んでいたので洋裁がうまい祖母を呼んで手伝ってもらった。半月ぐらいたつとだいぶ作業も終わってきた。最初はエプロンや<<表現・ダジャレ表現>>くつ袋などを見て”くつー!!(苦痛)だ”と思っていた母だが、祖母の慣れた手つきを見て感心しているらしい。「祖母に“生きていてくれてありがとう”って感謝しなきゃね。」と私は心の中でつぶやいた。完成したものを見ていくと、機械仕事では出来ない素敵なものになっていた。細かい波縫いの後がかわいく見えてきた。また、この世にこれとまったく同じものはないから、祖母の作っているものが<<表現・たとえ>>まるで貴重品のようにも思えた。私は手作りのものは機械で作ったものより素敵だと思う。
<<前の話・聞いた話>>私は今学校の国語の授業で「わらぐつの中の神様」という物語をやっている。私はこの話を読んでその「わらぐつの中の神様」を思い出した。
『ある日スケート靴の代わりにわらぐつを履くことを嫌がったマサエに「わらぐつには神様がいる」とおばあちゃんは教えた。それを信じようとしないマサエにおばあちゃんは「おみつさん」のお話をした。—おみつさんは特別美しいわけではないが、体が丈夫で気立てが優しくていつも朗らかにくるくると働いていたので村中の人から好かれていた。ある日町の朝市に野菜を売りに言ったおみつさんはたまたま目に入った下駄屋さんにおいてある、かわいい雪下駄がほしくてたまらなくなった。しかしその雪下駄は自分のお小遣いで買えるような額ではないし、家の暮らしも大変なのだから買えないのも無理はなかった。そこでおみつさんは自分でわらぐつを作ってそれを売ったお金をためて雪下駄を買うことにした。わらぐつはおみつさんの思うようにきれいに出来ず、不恰好な形になってしまった。しかし、おみつさんは心を込めてしっかりとわらを編んでいったので網目は隙間なくきっちりと編めていた。次の朝市にそのわらぐつを野菜と一緒に売ったがわらぐつは売れなかった。店じまいにしようと思いかけていたところに大工さんのような人が現れ、不恰好なわらぐつを買ってくれた。次の朝市にもその次も次もおみつさんはわらぐつを売ったが、そのたびに同じ大工さんが買ってくれた。それはとてもいいことだが、なぜそんなに何回も同じわらぐつを買うのか不思議になっておみつさんはあるとき思い切って大工さんに尋ねた。
「あのう、いつも買ってもらってほんとにありがたいんだけど、あの、おらの作ったわらぐつ、もしかしたら、すぐいたんだりして、それで、しょっちゅうかってくんなるんじゃないんですか。」
「いやあ、とんでもねえ。おまんのわらぐつは、とても丈夫だよ。だから仕事場の仲間や近所の人たちにもかってあげてるんだ。」
大工さんはにっこりと答えた。
「でもあんな不恰好なわらぐつで…。」
おみつさんが恐縮すると大工さんは急にまじめな顔になっていった。
「いい仕事って言うのは見掛けで決まるもんじゃない。使う人の身になって、使いやすく、丈夫で長持ちするように作るのが、ほんとのいい仕事ってもんだ。使う人の身になって、心を込めて作ったものには、神様が入っているのと同じこんだ。」
それから大工さんは言った。
「なあ、俺のうちに着てくんないか。そしていつまでもうちにいて、俺にわらぐつを作ってくんないかな。」
大工さんからプロポーズを受けたおみつさんは大工さんのところへお嫁に行った。』
機械仕事で作る品は心がこもったものはない。機械を動かす人がいくら心を込めていても、その人の手で作られていないので、心を込めたことにはならない。手作りのものは直接技術者が心を込めて作っているので神様が宿っているかもしれない。伝統工芸品もそのひとつである。私は手作りのものにはいろんな美点があるな、と思った。
機械で作ると、一度に大量生産できるし、手間が省けるが、心がこもっているとは思えない。ズボラなやり方は便利だけれど、必ずどこかで不利なことがおきる。ごみの分別だってそうだ。分別しなければ楽だけれど、地球温暖化やオゾン層の破壊など、さまざまな環境破壊をしていく。逆に面倒なことをじっくりと丁寧にすれば必ずいいことが起きる。私は苦あれば楽ありというように、手間がかかること、時間がかかることをした後はかならず“福”というものがやってくるということが分かった。

   講評   kiri



 こんにちは。
今月も、がんばって清書ができました。とてもいい内容の作文でした。
 もう11月。すっかり秋だね。11月もがんばりましょう。

                   

 
 

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