創造と発表の新しい学力
総合選抜入試にも対応。探究学習を超えた、新しい創造発表学習。
AI時代には、知識の学力よりも、思考力、創造力、発表力の学力が重要になる。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

小学1・2年生   小学3・4年生   小学5・6年生   中学1・2・3年生   高校1・2・3年生

   新しい見方   意気陽陽

 コインを丸いものだということは誰もが承知している。しかしコインは水平方向から見れば明らかにうすい長方形に見えるはずだ。文学作品などにおいても、おなじひとつの事実を、きわめてことなることばっでいいあらわすことがある。そういった表現はヨーロッパに古くから伝えられた、巧みに表現するレトリックと深い関係にある。たとえばリンゴが地面に落ちた時、「リンゴが地面に落ちた」と考えるだけだは満足せず、「リンゴが地面に向かって突進した」と考えるようなものである。このようなレトリック感覚は人を出来るだけよく理解するために必要だ。 
 僕は物事を様々な角度から見るということは人間にとって大切なことだと思う。第一の理由として、レトリック感覚なしで、単純な考えしか出来ないような世界だと、新しい発想が生まれてこないからだ。僕たちが普段使っている鉛筆にはだいたい上の部分に消しゴムが付いている。僕が生まれてきた時には既に消しゴム付き鉛筆があったらしいので僕はちっとも疑問に思ったり感心したりすることはなかったのだが、消しゴムを鉛筆にくっつけるということは発明当時だれも考えなかったので、その発明者は莫大なお金を得たらしい。この話で大切なのはお金ではなく「新しい発想」である。ここまで人間の文化が発展を遂げてきたのも、全て新しい発想からである。産業革命であっても、分業ということを始めることによりそれまでより何倍も効率がよくなった。
 第二の理由として、様々な角度から物事を見ていると、色々なものの本当の姿が分かってくるからだ。僕のクラスにとても頭がよい子がいて、学校のテストでも一年生二百三十人の中で三位をとったこともあるという子で、あまり喋ったりもしないので、地味なやつなのだとずっと思っていた。しかし林間学校の時に寝る部屋がたまたま一緒になったことで少しづつ仲良くなっていった。すると実は冗談なども言う面白い子だということなども分かってきた。しかも背はとても低いのに運動神経はまあまあよく、力も強いということも分かいえると思う。僕は小六の時、パソコンのあるゲームにとてもはまっていた時期があった。その時に僕の友達が同じパソコンのゲームを勧めてきた。僕は一度そのゲームをしてみたのだが、あまり面白いとは思わなかったため、わずか十分足らずで止めてしまった。しかし最近になって、そのゲームをしてみると、ストーリーやチームなど様々な楽しい機能が付いていて、それまでは全く楽しいと思わなかったのにとても楽しいと思うようになった。
 確かにそれまであった見方だけで物事を見ていくことは、頭を使うことも必要ないし、楽ではある。しかし「悪書を読まないことは、良書を読むための最初の条件である。
」という名言もあるように、それまであった見方を頭の中からどかし、新しい見方をすることによって、よい発想というものが生まれてくるのだと思う。

   講評   sugi

 検定模試、よくがんばりました。結果が出るまで、もう少し待っていてね。

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 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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