国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   時間の捉え方   ビーバー

 昔の人間は、未来は自分たちの手で作ることができ、テレビのように(?)予約もすることができると考えていた。持衰も「流れぬ時間」の象徴として船の先頭に縛られていた。今でもラオスの人々は子どもの年齢を忘れるくらいに「流れぬ時間」を直接的に感じ取っていて、生き生きと生活している。彼らの方がありのままの物を見ているのである。そして現代、時間は座標軸として捉えられるようになったが、それは違う。人によって、国によって、時代によって、人々の過ごしている時間はそれぞれ違うのだ。決して時間は一つにまとまってはいない。私は、時間を効率よく使うことを良しとする社会は問題だと思う。(書き出しの工夫)
 そうなってしまった第一の背景は、あまりにも忙しくなってしまった現代社会であると思う。忙しいからつい能率を考えてしまう。特に受験など、いかに効率よく学習内容を身につけるかが明暗を分けているのだから、能率よく作業をすることを求めるのが世の流れになってしまっている。私の場合、そういう義務などは能率重視でやって、残った時間で自分のしたいことをするのが良いと思う。これは一般論かもしれないが、実際実行するのは難しい。特に高校に入ると、部活やら宿題やらでどんどん時間がなくなる。しかし、そういう時間的余裕をじっくり味わうという行為が、現代人の中に欠けていると思う。
 その第二の背景は、時間管理がしっかりと社会の中に染み込んでしまっていることである。日常生活の中で時間がきっちり決められている例は少なくない。学校の授業もそうだが、もっとも時間管理が染み込んでいるのが列車のダイヤである。日本人は元来せっかちな性格であるがゆえに、列車が決まった時間に来ないと猛烈にイライラし、ものの数分で職員に怒鳴り込む変な客もいる(笑)。イギリスのように、10分程度の優雅な遅延は存在しない。こういった国民性も災いして、時間を1分単位で刻んで考えるのが世の常になってしまい、結局時間管理が厳しくなる。日本の場合、時間に味がないのは、このように能率だけを求めているからではないのである。
 確かに、能率よく作業を進めなければいつまで経っても次の作業に移行できなかったりと、色々問題が起きてしまうだろう。「時間は消費するものではなく、咀嚼して味わうものである。」時間に味を見出さなければ、人生はとてつもなくつまらないものになる。時間を座標軸として考えれば、数学のように一部の人にとっては難解なものになるし、時間を作るものとして考えれば、図工や芸術のように充実したものになる。そこに気付かずについつい時間を座標として捉え、能率を求める社会が問題なのである。人生を楽しくするのは、時間をしっかり味わうことなのだ。能率が良いのもいいが、自分が味わえるような時間を作り出すことが必要なのである。

   講評   nane

 「時間を効率よく使うことを良しとする社会は問題だと思う」は、もう少し説明が必要かも。
 日本人の時間に対する几帳面さは、たぶん時間そのものに対するものよりも、対人関係への配慮のようなものらしい。
 逆に言えば、時間にルーズな人は、自分中心的で、他人の思惑などをあまり気にしないということになりそう。
 「時間は消費するものではなく、咀嚼して味わうものである」は、いい表現だね。

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