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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   相手に「違う」とおもわせる(感)   あよう

 歴史における断層が強調されすぎると、セルビア対クロアチアの抗争は必然の運命として片付けられる。だがバルカン地域の問題は,
過去が現在を決定するというよりは、現在が過去を操っているといえる。民族主義者が過去を歪曲し、全ての人を言いくるめたのだ。二人種間の違いが小さければ小さいほど、その差は想像の中で不気味に増幅していくとフロイトは言った。憎悪する敵なしには、信仰にも似た鮮明な民族意識は芽生えようがないのである。
 争いごとが起こる理由は主に、「相手に腹が立つ」ということだろう。相手に腹が立つ理由は主に、「相手と自分の違いが目に付く」からだろう。では、違いを発見、指摘しない方がいいのか。私は違うと思う。違いは絶対に目に見える。だから、考え方としては、違いを見つけても、それは善・悪につなげるべきではない。
 その考え方につながる方法として、自分と相手との違いを感じた場合、相手の立場からも違いを考えるという方法がある。
 自分から相手を見て違いがわかるだでは、自分側から見た感覚でしか捉えることが出来ない。だから自分に都合が良いようにしか考えられなくなってしまい、最終的に争いに発展してしまう。そこで、「自分から見てこう違うことは相手から見るとどう違うのだろうか。」と考えるのである。お互いの立場で違いを考えることは、どちらかが普通、基準であるという考え方を払拭することも出来る。
 よって、違いを見つけたとしても、「相手もそう思っているんだよな。」と、一度相手のことを考える。その一度が善・悪の判断の必要性を取り去ってくれるのである。
 また、他の方法として、「元々が違っているのだから仕方がない。」という、究極の考え方を持つという方法がある。       私の体験としては、小学生の頃、他人と違うことがあり、困っていた。私は親が子供に言い聞かせるために使う常套句、「うちはうち、よそはよそ」を思い出し、仕方がないと考えて乗り切った(笑)。
 一対一の関係だけでなく、長文のような国同士での関係も、民族構成が違うのだから、色々と違うことがあって当然である。だから、その違いについてお互いが述べる、また批判するといったようなことはするべきでないし、またする必要はないと思う。
 確かに、今まで述べてきたことは、理想論に近く、現実に、利害が絡む関係になればそんなことは言っていられないという意見もある。「違い」を声高に指摘し合うのはそのことによって共通の憎むものを見つけ、例えば民族意識を徹底しようとするからだ。
 しかし、そのような民族意識が果たしてずっと継続させられるのだろうか。時が経てば、その中でまた違いが現れて、争ってしまうのではないだろうか。東西冷戦から崩壊までのソ連の動きはまさにそれではなかったか。違いを見つけて、争いや自己主張の種にするのは、内面の本質的な脆さであり、弱みである。違いを指摘することは弱い犬がほえるようなもので、それを表に出していることになる。。 だから、本当にまとまろうとするのならば、違いを善・悪で表すのではなく、内面を磨き、自信をつけるべきなのである。そうすれば、相手から、よい意味で「『違う』なあ」と思われるはずである。この思いは、軽蔑や憎しみでなく尊敬に近いものである。

   講評   nara

 もう何年も前だけれども、「似てるってことは違うってことね。」というキャッチコピーが使われていたCMがあったよ。似ているからこそ違いが気になる・違いを強調したいわけだ。同一のものに対する安心感がある以上、似ている(すなわち違う)ものに対する違和感は避けられないものなのかもしれないね。
 第一方法:対立は自己の主張を強硬に押し付けることから生まれる。「俺はこうなんだよ!」を強く言うということは、相手が「俺はこうなんだよ!」と主張することと同じであり、拒否できないということになる。それでも強硬主張するのは、相手に思いを遣ることができない状態だね。どうすれば相手の立場に立てるようになるのかなぁ。
 第二方法:「うちはうち、よそはよそ」私もよく言われた! 「似ているからほぼ同じだろう」と思っても、大方の同じ部分よりもわずかな違いの方が、私たちにとっては気になるものね。その違いがあって当然。この究極の方法は、足元(小さなころからの刷り込み)から実践していく必要があるのかもね。
 今回の作文のよさは、まとめの部分にある。「共通の憎むものを見つけ……」というとろは、鋭い指摘だね。そうやって団結したものは、いずれ、お互いの違いを意識し対立の道へと進むだろう。「だから……」以降の意見もいいね。違いを受け容れられたときに、相手も自らを受け容れてくれるだろう。これを理想論としない努力が、私たちに求められているのだな!

毎月の学年別「森リン大賞」作品集森リンの丘 
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 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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