国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   自問自答   ハーマイオニー

 「ねえ、ママ。どうして空は青いの?」「なんで、夕焼けは赤いの?」「パパ。どうして月は形が変わるの?」……私は小さいころ、たくさんの質問をした。それらの問いに対して、父や母がどう答えたか、それで私は納得したのか、今はもう覚えていない。しかし、もちろん、科学的に正確な説明をされたわけではない。私は、父や母に何かを問いかけ、何らかの答えを聞き、また何かを言い、何かを聞いて、というおしゃべり自体を楽しんでいたように思う。そうしているうちに、独自の「物語」を作り、満足していたのだ。
 子供の素朴な「はてな」は必要だ。そして、それについて自分で考え、納得できる「物語」を得ることが大切だ。
その理由は第一に、科学的な説明で最初から教えられると、自問自答をする力が無くなってしまうからだ。私は、子供のころ、「雨は神様の涙だ」とか、「雲は綿飴と同じで甘くて食べられる」と思っていた。そして、「いつか神様が泣いているところを見る」、「雲の綿飴いっぱい食べる」などという叶わない夢まで掲げていた。でも、さすがに梅雨とか台風の季節になると「神様の涙」では通らない。あんな豪雨なら神様が何人いても足らない。(笑)雲の方は、下から見ると、確かに綿飴のようだが、山登りをして実際雲の中に入ってみると、食べるどころか周りが見えなくなり、寒いだけだ。こういう経験があり、幼いころの私の夢は、蜘蛛の子を散らすように去っていった。今なら、科学的な説明のほうが分かりやすいが、もし子供のころ「雨は地上の水蒸気が……」、「雲はその水滴が集まり……」などと説明されても、全く理解不能だったと思う。昔の経験があるからこそ、今の科学的説明がより深く理解できるようになるのだと思った。
 第二に、どんなに幼稚な「物語」でも、自ら答えを出すことによって、その真の答えを大人になるにつれて、また考えることになるからだ。今年は、日本人がノーベル賞を四人(または三人)、受賞した。受賞した人全員に共通していることは、みんな「ふしぎ」という素朴な疑問から、自分なりに仮説を立てて考え抜き、そしてさらに詳しい科学的な答えにまで行き着いたのだと思う。いわゆる、子供の自分なりの「物語」の発展形と言ってもいいと思う。昔は、大人が聞いて呆れるような答えを出していても、成長していくにつれて、「あの時はあんな答えだったけれど、本当はどういう答えなんだろう」という疑問に変わり、新たに増えた科学の知識と結びつけ、実験と検証を重ね、真の答えが見えてきて、それを理解するのだと思う。
 確かに、基礎となる勉強は必要だ。理解する前に暗記するようなことも時には大事だろう。だが、最初はどんなに幼稚な答えでも、筋が通っていなくてもいい。まずは、「考える」ことが大切だ。成長して、大人になっていくにつれて、その答えに筋が通っていないことに気が付いて、「じゃあ、本当の答えは?」と新たな疑問が出てくる。そこで、初めて科学的な説明が登場し、実験を重ねることによって、知識も高まり、この疑問は解決する。「私たちの人生は、私たちが費やしただけの価値がある。」という名言があるように、どんな子供の時代でも、大人の時代でも、「自問自答」することは大切だ。私もこれから、今までの筋の通らない答えに対して、真の答えを見つけるために、また新たに「自問自答」していこうと思う。

   講評   nara

 今月の作品も、みないいスコアが出ていたけれど、この作文は具体例がよかったね。疑問を持つこととそれを継続して考えること、このこと自体が才能なのかもしれないなぁ。多くの人は、まあいいやで疑問を放り投げてしまうものね。
 10月は学校行事で忙しかったけれど、11月は少し落ち着くかな。月末はテスト期間に当たりそうだから、前半でしっかり作文を書けるといいね。

毎月の学年別「森リン大賞」作品集森リンの丘 
 自動採点ソフト「森リン」で上位になった作文を掲載しています。
 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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