国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   幸せな世界   ええま

 母から娘へと伝えられる首飾りがあるとする。この種類の首飾りは決して財宝でもなく、富の象徴でもない。それは特定の人と結びついた人間的な記憶や感情に関わるものであって、その擬似的存在が安心の根源になってくれるのだ。何でもない「もの」に深く思い入れをしてしまう事を哲学用語では物神崇拝という。物神崇拝は馬鹿げた事、と断定する人たちも少なくないが、むしろ物神崇拝の対象を何も持っていない人こそが実は不幸であると思う。そのような人が増加している現代の社会は問題だ。
 その原因として第一に、あらゆるものの価値をお金に収束してしまうという現代人に問題があると思う。以前数学の授業で「極限」についての考えを習った。何か一つの値がある数に近付くときにその数式全体が近付く数値を求めるのだ。例えばXが0に近付くとき、その全体の式によって0にも−20にも∞にも−∞にも近付く。それが現代の社会はどうだろう。例えば値札がテープで隠されていたらそっと値段を確かめたくなる。例えば友達が持っていたブランドの財布の値段を確かめにお店に足が向かってしまう。今の社会では、どの極限を取ってもお金に収束しているようにしか私には思えないのだ。このような多くの人々が、その行動が、物神崇拝を否定する現代社会を生み出しているのではないだろうか。
 また二つ目の原因としては、全ての物の価値をお金に換算してしまう今日の社会に問題があると思う。第二次大戦後から現代まで、世界は数々もの局面を迎えてきた。その中で日本はよく「お金しか出さない国」と言われる。そして日本はお金を出しているから良いだろう、とも言わんような顔で世界中を闊歩しよく批難を受ける。つまり、日本全体にすでに全てをお金に換算してしまう習慣が根付いてしまっているのだ。これでは物神崇拝の大切さを理解せずにお金に走ってしまう人が増えるのも納得である。日本はこの考えを改めるべきである。
 確かに、金銭という価値判断があるからこそ現代の社会は混乱なく立派に機能しているし、物神崇拝を行うだけでは今日のような便利な社会になることはなかっただろう。しかし、以前こんな文章を国語の教科書で読んだ。「現在のグローバル化の波にのみこまれ、根無し草のように漂流する人が増えている。」今日の社会にはそういう大切なものを失っている人も多い。満天の星、母からもらった指輪、今まで生きてきた思い出、行く先々で撮った写真、友達からの手紙、大切な将来の夢・・・。私にはいくつかの大切な物神がある。これらがあるからこそ私は今までやってこれたしこれからもやっていけるのだと思う。多くの人が自分だけの物神を見つけて苦しくても幸せに生きていけるように。そんな社会を私は望む。

   講評   yoo

 ええまさん、こんにちは。
 今月もよくがんばったね。毎回、「構成図」をすごく詳しく書いてくれています。感心してるよ。(^o^)/
     
         

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