創造と発表の新しい学力
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)
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ある書物がよい書物であるか(清書) ゼニガメ兵
ある書物がよい書物であるか、そうでないかを判断するために、普通私たちがやっていることは何でも類似している。それは、たぶん、書物に含まれている世界によって決められている。優れた書物には、どんな分野のものであっても小さな世界がある。その世界は書き手の持っている世界の縮尺のようなものだ。この縮尺には書き手が通りすぎてきた「山」や「谷」や、宿泊した「土地」や、出会った人や思い患った痕跡などが、すべて豆粒小さくなって籠められている。どんな拡大鏡にかけてもこの「山」や「谷」や「土地」や「人」には目が見えないかもしれない。僕の知る限り、幸せに生活を送って幸せに生涯を閉じるという人生は存在しない。しかし現代人はそんな人生ばかり夢見ている。ある意味現実逃避と言えると僕は訴えたい。その方法は二つある。
一つ目の方法、他の人はどんな人生を送っているか想像してみる事だ。ある人は裕福な人生ばかり送っているせいで他の人の事なんてどうでもいいと思っているかもしれない。ある人はとても貧乏で社会にも見捨てられた。もうこの世で生きたくないと思っているかもしれない。僕の場合、こう推理できる。今は百年に一度の大恐慌のせいで人々の将来に大きなひびができていしまっている。特に派遣で雇われた人々は人生に大きなショックを与えてしまったため、ホームレスにもなりかねない。一刻も早くこの大恐慌の年が終わってほしいと僕は思う。(複数の方法A)
二つ目の方法、自分しか存在しない世界(通称マイワールド)に安住しない事だ。歴史実例と言ってもなんだが、現代ではひきこもりという問題が発生している。政府はこれに対し、問題を解決をしていくというものの、やはり時間がかかりすぎている。もっと前の話が、夢すら奪われた人を社会が見捨てたくせに今さら手助けなんて遅すぎる!まあ言いすぎただろうか、とにかくこれ以上、住人が自分しかいないという世界をこれ以上増やさないようにしてほしいと僕は訴えたい。(複数の方法B)
確かに、ある分野を深く求めるということは大切だ。しかし、それが自己満足に陥る理由になってはならない。自分とはいつでも自分なのではなく、時には他人の目に映った他人なのだ。人々の人生は人それぞれ。それを勝手に変えるのは許さない事だと僕は訴えたい。
講評 iyu
清書がんばりましたね。
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しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。
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