秋から始める作文の無料体験学習
 今、言葉の森の無料体験学習をお申し込みの方に、「国語の勉強に役立つ小冊子」をプレゼント。 つづきを読む
△ひとつ前の記事 中1のころの作文は下手で当然。音読と問読で気長に作文力をつける
▽ひとつ後の記事 これからの世の中と子供の教育 その2

 
これからの世の中と子供の教育 その1  2015年8月6日  No.2395
 URLは、https://www.mori7.com/index.php?e=2395      




●「子ども」か「子供」か

 9月号の「致知」という月刊誌の記事の中に、「子ども」か「子供」かという話が載っていました。これはたまに話題になることなので一言。
 「子ども」と書く人が多いのは、「供」には「お供」のように人を見下す意味があるからだそうです。その説自体も不確かなものですが、私はたとえその語源がどういうものであろうと、言葉の使い方を論じる際に、その中身ではなくニュアンスを前面に出すのは、思考を中断し、話を混乱させる原因になると思います。ニュアンスは各人の好みに任せるもので、共通の基準にするものではありません。ですから、普通の書き方は「子供」でいいと思います。

●競争に勝つことを目的にする時代は終わりつつある

 これまでの時代は競争の時代でした。競争には勝者と敗者がいます。敗者が遅れた者、劣った者、弱い者であり、勝者がその敗者を倒し敗者を支配することで世の中が急速に進歩してきました。
 これはあたりまえのことように思われるかもしれませんが、日本で一万数千年続いた縄文時代は、たぶん競争も勝者も敗者もない時代でした。江戸時代の庶民の生活も、同じように競争も勝者も敗者もきわめて希薄な生活だったでしょう。少なくとも競争に勝つことが人間の価値観の中心である社会ではなかったのです。
 では、競争ではなく、何が社会の中心になっていたかというと、それは助け合いです。強い者と弱い者がいた場合、強い者が弱い者を助ける社会だったのです。
 競争社会の喜びは勝利です。助け合い社会の喜びは共感です。相互の助け合いと相互の共感が、社会の絆となっていたのです。

●競争という価値観がこれからなぜ後退していくか

 競争が善だという価値観は、主に近代の欧米から世界に広がりました。その競争文化のひとつがスポーツで、そのひとつの象徴がオリンピックです。
 2020年に日本で開かれるオリンピックは、お祭りとしては多くの人に歓迎されていますが、いずれ今のように人と人とが競い合うことに激しく熱中する人は少なくなってくるでしょう。それは、野球でも、サッカーでも、ゴルフでも、すべて同じです。競争に勝つとか負けるとかいうことを、今のように大きな問題とは考えない人が増えてくるのです。
 では、なぜ競争という価値観が、これからは社会では後退していくのでしょうか。それは、単に人間の意識が変化するからではありません。その社会の特に経済の仕組みの根幹が、競争よりも助け合いの方に傾くからです。つまり、競争によって豊かになる時代は過去のものとなり、これからは助け合いによって豊かになる時代に移行していくからです。
 矛と盾が競い合い互いにより強い矛と盾になるという時代から、矛と盾が共存しさまざまな矛と盾のセットが生まれる時代へと変化していくのです。
 

 同じカテゴリーの記事
同じカテゴリーの記事は、こちらをごらんください。
未来の教育(31) 言葉の森のビジョン(51) 

コメントフォーム

これからの世の中と子供の教育 その1 森川林 20150806 に対するコメント

▽コメントはここにお書きください。 お名前(ペンネーム):

 フォームに直接書くよりも、別に書いたものをコピーする方が便利です。

 コメント欄



■作文は対話のある通信教育で  ■公立中高一貫校の作文力  ■国語力がつく長文読解の作文 
  ■小1からの作文で学力と個性  ■帰国子女の国語力  ■言葉の森の作文通信がなぜよいか  ■作文講師資格講座 

受講案内の郵送(無料)をご希望の方は、こちらをごらんください。
(広告規定に基づく表示:受講案内の郵送を希望される方はご住所お名前などの送信が必要です)

電話通信の無料体験学習をご希望の方は、こちらをごらんください。
(無料体験学習をお申し込みの方に、勉強に役立つ小冊子をお送りします。)

Online作文教室 言葉の森 「特定商取引に関する法律」に基づく表示」 「プライバシーポリシー」