対話と個別指導のあるオンライン少人数クラスの作文教室
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)
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ユーモアでないユーモア ケイちゃん
ユーモアについて、話がしたくなった。第二次大戦のとき、イギリスの、大破されたロンドンのあるデパートが、
「平常通り営業。本日より入口を拡張しました」
という看板を出した。よく知られているエピソードだ。
日本で爆破されたデパートが、「本日より入口を拡張しました」というかんばんをだしたら、真面目な人は、「空襲の被害のためお客様にご迷惑おかけいたします」と書くべきだ、と反応するはずだ。
真面目な国から真面目をひろめにやって来たような人は、もしかしたら欠陥人間と呼んでいいかもしれない。
ぼくは、日本の最近のお笑い番組は、ユーモアではないと思う。ユーモアではなく、人を、こけにして、ばかにし、何かで叩いたり、水を掛けたり、おとしいれたりして笑いをとっていて、ぼくから見ると笑いのねたにされている人が、いじめられているようにしかみえない。ときどき、おもしろいけど、なぜこんなものを面白がっているのだろうとおもうことがある。まだ漫才の方がましだとおもう。以前新聞に、中国の大学に留学していた日本人が、日本で言う学園祭で、日本のお笑い番組の物真似をして、退学処分になったという記事が載っていた。おそらく、その人たちは、そのお笑い番組は、ユーモアだと思って真似をしたのだろう。日本人は、ユーモアと、人をこけにしたり、ばかにしたりする事と、取り違えていると思う。このまま、日本人が、取り違えたまま、ユーモアではない事をユーモアとして受け取っていってしまうと、外国に、日本のお笑い番組を紹介したり出来なくなる(実際そうなっているかもしれないが)と思う。
人間にとって、ユーモアとは、人生を運転するためには欠かせないものだとおもう。しかし、日本人は取り違えているので、どこかで本当のユーモアを教えなければ、状況が、どんどん悪化していくと思う。けれど、本当のユーモアを、日本人がみると、面白く感じないと思う。なぜかというと、日本人は、過激なものが好き(好きではないひともいるかもしれないが)だからだ。
講評 mako
とても鋭い意見です。日本のお笑いの全部が全部そうだとは思いませんが、ケイちゃんが指摘しているように『人を、こけにして、ばかにし、何かで叩いたり、水を掛けたり、おとしいれたりして笑いをとっていて、ぼくから見ると笑いのねたにされている人が、いじめられているようにしかみえない』ようなものも多く見受けられますよね。『日本人は、ユーモアと、人をこけにしたり、ばかにしたりする事と、取り違えていると思う。』という意見にもうなずけます。イギリス人のように、だれも傷つけないで、人を思わず笑わせてしまうのは、なかなか高度なテクニックかもしれませんね。
日本人にはユーモアのセンスがないのではないか、と言われていますが、私はなかなか捨てたものではないと思っています。その一つが川柳(せんりゅう)です。
『デジカメの エサはなんだと 孫に聞く』
『やせてやる!! コレ食べてから やせてやる!!』
(サラリーマン川柳コンクール第一位作品より)
川柳の中には、家族や上司(じょうし)など他人を皮肉ったものも数多くありますが、それは特定の人を傷つけるというものではなく、だれにでも見に覚えのある情景を連想させて笑いを誘うのです。これには高度なセンスとテクニックが必要です。これこそ立派な日本のお笑い文化ではないでしょうか^^;
ユーモアには、人に対するあたたかいまなざしが欠けていては何にもなりませんね。ケイちゃんの意見に我が身を反省しつつ、本来日本人が持っているお笑いの文化に自信を持ち、大切にしてゆきたいなあと思います。(ダジャレも好きです^^;)
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