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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   能の型の美しさ   まなピー

 能役者の足の動きは独特である。しかしそれは足の動きだけでなく、体全体の構えが独特なのである。能役者の体は、日常自然の体を拒否し、あの足が示しているようにその動きには型があり、型を自由にすることによって、その動きがこよなく美しく人の心を奪うものなのだ。ここに日本人の体に対する思想が表れているといえよう。型こそが全てを可能にするのであり、自然の、あるいは現実の体というものを能役者が拒否できる根拠は、この型というものなのである。つまり、型に身体を当てはめることで本来の人間の体の美しさを見出そうとしているのである。この思想は、西欧近代の精神と肉体の二元論とは対照的なものだ。この美しさを求めて型を繰り返し、己の体をはめ込もうとするのは、自由になれないなどといった型にはまってしまう、そんなマイナス面を生み出すという問題がある。
 その原因として第一に“型にはめる”ということが最終的に何を求めているかを理解していないということが挙げられる。例えば、学校の校則。あれは何のために存在するのか。先生に日々うだうだ言われ、私たちの口からは「めんどくさい」の一言しかこぼれない。私も先生の前ではきちんと優等生を演じているが、チェックが入らない限り校則なんておかまいなしだし、まあ少しくらい・・・という気持ちのほうが勝っている。まさに私は第一の原因に当てはまる人であって、校則の意味合いを理解できていない。ただ周りから「校則を守れ」と制圧されているから仕方なしに、たまに守っている感じなのである。こういった目的なくただ型にはまっているだけでは意味は持てないのだ。その点、能は“型にはまる”ことの目的を理解していているから、精神的に高みに達しているのであろう。きれいに型にはまり、フォームがとても美しいのである。まあ、私は今この原因を解消するためにまず、生徒手帳を開くべきかと思っているのだが。(笑)
 第二の原因として型にとらわれすぎて、本来の美しさが損なわれているということも考えられる。私が所属している演劇部は、生徒同士で話し合い、活動を行っている。多少の先輩から後輩へと受け継がれている基礎的なマニュアルはあるものの、ほとんど自分達で練習メニューを作成している。例えば、喉に負担をかけすぎずに大きな声を出すことを目的とした発声方法や楽しみながら演技力を高めるためのゲーム、中には誰かが本番にセリフを間違えたときの対処法なんてのも私たちが独自に作った練習マニュアルだ。専門的な知識がない分しっかりとしたトレーニングはできないが、それなりに様になっているし楽しんで汗を流すことができる。一方、テニスクラブやバトミントンクラブ等といった専門的に行っているスポーツクラブは、そのスポーツの型を教えられてそれに合った体を作り上げていくことを目的としている。私はテニスクラブに通っていたが、やはり一番最初は素振りの練習だった。それがとても細かく“肘と手首は45度”と言われ、何度も直された。そして少し上達して、試合をやるときも“こういった状況のときはこういうフォーメーションを取れ”と教えられ、かなり頭脳派プレーだった。だからだろうか、学校のテニス部を見ていると無性にイライラしてくる。“こういう状況のときはこういったプレーをしなきゃいけないのに!!”自由奔放にやることをセーブされてしまうと、自分の体に合わない型を取ることになり、個人の美しさを見出せないのである。
 確かに型にはまることで欠点をカバーすることが可能だ。例えば、着物は詰め物を体に巻きつけ、その上からいくつもの布をぐるぐる巻きにするため、太っていることがコンプレックスな女性も小柄で細身の女性も皆同じに見えてくる。こんな風に、型にはまるということが利点となっていることもあるのだ。しかし、
「十二単は女性の象徴でなく、体の限界表示である」
とあるように、十二単を身にまとうことで個々特有の体を失ってしまったり、お香をつけなければならないといった自由を求められないなどの問題がある。これからは自分の体に合った型を取るという思想である、西欧の思想と日本式の型にはめる考え方を平衡させて利用していくと良いのかもしれない。

   講評   huzi

 進級テストの課題、しっかり書き込んで提出! 字数もたっぷり、字数は87点と高得点をマークできました。
  型にはめてしまうことのマイナス面を【社会問題の主題】として書いていますね。型そのものは美しいけれど、中味や意思を無視するようなあてはめかたを問題視する場面を思いながら【原因】を展開した流れもいい。
  【体験】には、とりあえず表面をなぞっておけばよいと精神性を無視する場面と、反対に型が身についた故に自然な動きに抵抗を感じてしまう場面を対照的に描いていて、興味深いです。芸術の場合美しいバランスは大体誰が見ても同じですが、日常生活で美しい「型」を何と定めるかは難しいですね。
 【自作名言】には、笑った! 体の限界表示とは、誰も思いつかない表現です。型を限界近くまで背負った姿が、十二単という装束なのか……苦しそう。(笑)
 文章が長い部分は、ねじれていないか注意。
・この美しさを求めて型を繰り返し、己の体をはめ込もうとするのは、自由になれないなどといった型にはまってしまう、そんなマイナス面を生み出すという問題がある。→この美しさを求めて型を繰り返し、己の体をはめ込もうとするのは、自由になれないというマイナス面を生み出すという問題がある。

進級試験は合格! おめでとう。

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 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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