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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   人助けの良さと悪さ   ブラック・ジャック

 私は、ついこないだ、学校の最寄り駅で「○○駅は、どうやっていくの?」と四十歳くらいの叔父さんに声をかけられた。「あ〜。○○駅は、僕の帰る方向と一緒なので一緒に行きましょうか?」と私はいった。この対応に対し叔父さんは、『これでなんとか、○○駅に行ける』という安心の表情が見られた。そして、その後きちんと○○駅に送ってあげた。このとき、社会で初めて、人助けをしたのだった。
 人助けをするというのは、人間としての当然の行為なのである。よって、人助けをするのは、良いことに属するのである。私は、最近、電車の中で友達に勉強でわからないところを教えてあげている。このことで、友達は満足していて、喜んでいるという。私もわからないところがあったら、友達に聞いているので、この喜びがわかるような気がする。また、教えているほうも本当に理解してないと教えられないので、自分が本当に理解しているかを試せるので自分にも役に立つのだ。つまり、人助けというのは、することによって、互いに助かることなのである。
 私たちには、なにかやり終わったときの達成感というものがある。もしこれを成し遂げている最中に人助けといって助けたのが、相手にとって邪魔になってしまったらどうであろうか。このような面でいけば、人助けは、邪魔になってしまうのである。私は、ついこないだ、数学の問題を解いている最中に時間がきてしまって、「はい。もう教えてあげる」といわれて、自分で解きたいと強くこころで願った。なぜなら、解けない問題を自力で解いたときの達成感を知っていたからであるのだ。このように、達成感を人に横取りされると、とても悔しいのである。
 確かに手助け見方によっては、良くなったり、悪くなったりする。しかし、もっとも大切なのは、『大切なのは、健康らしい外見ではなく、健康自身である。』という名言があるように人助けをするかしないかではなく、その行動に相手に対しての思いやりがあるかであるのだ。

   講評   kira


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