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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   他者との関係の中で見つかる自分   ☆shooting star☆

 他者から一づけられた「私」というものが確認できないとき、人は自分の存在の同一性を皮膚感覚の境界で回復しようとする。私達人間は、大人になるとだんだん生きる事に慣れてきて、他の人から認められなくても「自分」というものを持つことができるようになる。それとは反対に、小学生の頃は、子供はお父さんやお母さんに認められて「自分」というものを知り、持つことができる。しかし、中学生や高校生の頃は、ちょうど自分を成長させている最中のため、一番「自分」というものを理解できず、持ちにくい時期にあたるようだ。「クラスで一人だけ百点をとった」「皆ができない技をこなせるようになった」「リレーで一位をとった」などのように褒められる形で周りから「自分」を認められることができればいいのだが、そういうことは滅多にない。人間は無視されることには耐えられないので、良いことをして認められるあてのない子供は、ぐれて認められることで自分を回復しようとするのだろう。だが、そういう他者の他者としての自分の存在が欠損しているとき、私達は、他者にとって意味のあるものとしての自分を経験することができない。他者という鏡がないと、私達は自分自身にすらなれないということだ。私達は自分を誰かある他人にとって意味のある存在として確認できて初めて、自分の存在を実感できるということだ。私が思うには、「自分は○○でない」という否定的な形でアイデンティティを確立するよりも他者との関係からアイデンティティを確立するべきである。
 まず一つ目の理由として、他人との関係の中でアイデンティティを確立させようとすると自分に自信がつくからだという例が挙げられる。去年の春、私の現地校の体育の授業ごとに、テニスのトーナメントがあった。一週間前から皆はパートナーと練習して、皆は自分たちが勝つぞと張り切っていた。私はエリザベス、愛称リジーという活発な女の子の友達とパートナーだった。トーナメントの一回戦が開始され、私とリジーは圧勝した。二回戦、三回戦に四回戦とも、難なく突破。そして、試合がどんどん進み、ついに最終決戦にまで行ったのだ。私は、ちゃんとボールを打てるか、ミスはしないかなどと、緊張が高まった。優勝できるのだろうか。トーナメントが始まるとき、リジーが
「☆shooting star☆は、テニスが元から上手だから大丈夫だよ。一緒に頑張ろうね。負けたとしても、ここまで勝ち抜いてきたもん、そのことだけでもすごいことだよ。」
と声をかけてくれた。このリジーの優しい言葉を聞いた途端、私を襲う緊張感は消え去り、絶対リジーと一位を勝ち取ろうという勝負魂が燃え始めたのであった。
「うん、ありがとう。リジーもあんなに練習したんだから、絶対うまくなっているよ。一緒に一位になろうね。」
私もリジーを勇気付けた。そして、最終決戦で、私達は大差で優勝したのである。私達は、「やったね!」と手をつないで喜んだ。今思ってみると、あの時リジーが私を勇気付けてくれなかったら、うまく打てたのだろうか。また、私がリジーを勇気付けなかったら、リジーは調子がよかったのだろうか。きっと、そんなことはなかっただろう。お互いを励ましあったことで、自分に自信がつき、優勝することができたのだ。
 また二つ目の理由として、他人との関係の中でアイデンティティを確立させようとすると、自分が成長できるからである。私がアメリカに居住してきたばかりの頃だ。その前のときから、私はコンピュータで言葉の森の作文を書いていた。その頃、私のレベルは、あまりいい方ではなかった。どちらかというと、平均点より下だっただろう。それもそのはず、今よりも適当に物事を終わらせていたそのときの私は、作文を本気で集中して書こうとは思わなかったのだから、自分が見ても他者が見ても、すごいと思える作文はなかなか書けなかった。どうせ何やっても時間の無駄になるだけだ、と否定的に考えていた私は、今まで以上に良い作文を書こうと努力をしなかった。だが、その私のやる気のなさをひっくり返したことが起きた。ある日、暇で仕様がなかった私は、言葉の森のホームページを開いて、他の六年生の作文を読んでいた。最初は何の気もなく見ていた私だったが、だんだん他の六年生の作文を見ているうちに、「この人、すごい作文書いているな」「この作文には感心しちゃうな」と、いつの間にか次々と夢中でたくさんの人の作文を読んでいた。そして、「私もこの人のように上手に作文書けるようになりたい」という望みが、私の心の中に生まれたのだった。そして、その日から、作文を真剣に書こうという気持ちが湧き上がったのだ。真面目に作文に取り組み始めた私は、一週間ごとに、少しずつ成績がよくなっていった。時々、作文を書き終え、送信した後、他の六年生の作文を見て、「この人に勝った!」「この人に負けちゃった」と、自分の中で皆と勝負していた。負ければ、「今度は絶対にこの人より上の点数をとってやる」と、頑張ろうとする気が起きるのだった。そして今、いつの間にか私は、中一の中の上位者に入っている。それは以前、他の六年生と勝負をしていたおかげだからだ。勝ってやるというやる気が起きたことで、今の私があるのだ。今も、私はこの勝負を続けている。他者とライバル同士という関係でも、協力されている、していることになり、自分の長所を作ることができるのだと私は思う。
 確かに、否定的な形でアイデンティティを確立する方が簡単かもしれない。自分はこうではない、ああではないという方が、自分の中の自分を見つけやすいかもしれない。しかし、「短所をなくす一番よい方法は、今ある長所を伸ばすことである」という名言がある。その言葉があるように、他者との関係の中でアイデンティティを確立していく方が、前向きで自分の良いところをさらに伸ばしていくことができるのだ。「期待しているよ」「君もね」と、お互いを励ましあうことで、今までわからなかった自分の中の真実が、見つかるのである。

   講評   hoemi

書き出しの部分をずいぶんがんばったね(^o^) そして3段落目の体験実例も実によく書けているよ。(☆shooting star☆さんが作文に意欲的になったきっかけ、そしてメキメキと作文力をつけてこられた理由もよく分かったよ。)たいへんよくできました♪

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 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

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