対話と個別指導のあるオンライン少人数クラスの作文教室
小1から作文力を上達させれば、これからの入試は有利になる。
志望校別の対応ができる受験作文。作文の専科教育で40年の実績。

昨日2566 今日2007 合計4573
作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

小学1・2年生   小学3・4年生   小学5・6年生   中学1・2・3年生   高校1・2・3年生

   untitle   TNOAIR

 喧嘩は良いか悪いかというのは結果の先にあるものを示さなければならない。非常に奥が深いものである。
 喧嘩を使ったことわざ?に「喧嘩両成敗」というものがある。これは<理非を問わず、喧嘩をした者を両方とも同じように罰すること。>という意味である(Yahoo辞書「大辞林」より引用)。しかしこの言葉の裏にはこんな事が隠されているのである。それは「勝敗がある」ということであり、どちらかに「理非」があるということである。これは何を表しているかというと「喧嘩両成敗」を理由に教師が喧嘩をやめさせる場合は教師はどちらが悪いということを分かっているのである。この時点で教師も共犯である。
 このように喧嘩を終結させるのではなくて理非を明らかにした上で解決すべきである。その上に和解というというものがあるのだ。(これでは喧嘩の良い悪いの話というよりも理非のことについてになってしまうので、)その後が肝心なのだ。喧嘩の理非を決めるに当たっての理由はいやでも聞かされるだろうからその理由を使って道理がどのように決まっていくかというのが身にしみて感じることが出来るだろう。
 あなたにとって近所づきあいは必要か はい 78% いいえ 20% (データ引用)とあるように活発的に周りとコミュニケーションしないと人間は耐えられないのである。この先に何があるのか分からないという恐怖心を持っていたりや先が心配なとき、あまりいきたくないところに行くときにも友達と行くことが多い人は多いことだろう。もちろんこの中には僕も数えられている。その先には連れションなどとあるというのは横に置いておいて(笑)。
 喧嘩は危ないというのはあるかもしれないが、その先には安全よりも大切な人間関係が待っていたりする。僕も過去はそんなことをしていたような記憶があるが誰としていたというのは印象に残ったもの以外ほとんど覚えていない。
 やはり喧嘩はものごとの道理を知るという面でも良いことだと思う。喧嘩をした後は何を見たり聞いたりしてもすべて気持ちのままに聞こえる。これがどうやら心で物事を見つめるということらしい。しかし、すべてを否定的に見る時が長い間続くわけではではなくて、その後には必ずすべてを楽観的に見てしまうときが来る。そのときにはすべての物事を悲観的に考える前よりももっと素晴らしい人間関係を持っていたり、ものごとの道理がわかる頭を持っていることだろう。

   講評   nane


毎月の学年別「森リン大賞」作品集森リンの丘 
 自動採点ソフト「森リン」で上位になった作文を掲載しています。
 しかし、子供たちの実力はそれぞれ個性的です。上手に書けている子の作文を見せて、自分の子供の作文と比較しないようにお願いします。

作文教室受講案内   無料体験学習   作文講師資格 
Online作文教室 言葉の森  「特定商取引に関する法律」に基づく表示」  「プライバシーポリシー」 
お電話によるお問合せは、0120-22-3987(平日9:00-19:30)