12.4週の読解問題の文字がゴシック体の小さい字で読みにくかったと思います。
1月から、ルビの多い低学年の問題は文字をもう少し大きくする予定です。
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志望理由書は、限られた枠内でできるだけ密度濃く自分をアピールする必要があります。また、提出するまでに時間がありますから、できるだけ完成度の高いものを提出しなければなりません。
そのためには、
(1)子供だけでなく両親がしっかり作成に関与する
(2)志望理由書のサイトを参考にする(言葉の森の「質問の広場」にもいろいろなサンプルがあります)
(3)志望理由書に関する本を買う
などの対策が必要です。
特に出版物に関しては、できるだけ参考にしていくとよいと思います。
話は変わりますが、入試の勉強をする場合も同様です。
先生の話や友達の話よりもあてになるのは、やはり出版物に載っている情報です。その中でも特に参考になるのが、志望校の過去問です。その過去問も、現在売られているものだけでなく、古本として売られている何年も前に出版された本も買っておくと役に立ちます。
現代の入試は、情報戦になっています。情報戦の中心となるものは、早耳情報や極秘情報ではありません。世間に流通している多くの公知情報にしっかり目を通すことなのです。
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手書きの作文の返却は次のような日程になっています。(月曜日に作文を書いた場合)
(1)月曜日に生徒が作文を書く→(2)火曜日の朝にポストに投函する→(3)木(水)曜日に先生の手元に届く→(4)金曜日の昼までに先生が評価を入力し土曜の昼までにポストに投函する→(5)月(火)曜日に評価が生徒の手元に届く。
評価データなどデジタル的な情報はインターネットで瞬時に送れますが、郵便というアナログ的なものが途中に介在するので、どうしても遅れが出てくる場合があります。特に年末は、郵便事情により予定どおりに返却ができないこともあると思いますのでご了承ください。
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学年が上がると、一時的に作文が上手に書けなくなる時期があります。特に、小学生のころによく書けていた子が、中学生の課題になると以前のように面白いものが書けなくなるということがあります。それは、新しい課題に必要な語彙が、まだ自由に使えるようになっていないためです。
そのときに、周りでできることは、やはりいいところを見つけて褒め続けてあげることです。褒めながら、その学年にふさわしい音読や読書などを進めていくうちに、やがて語彙力が追いついてきます。
新しい語彙力が身につくときは、最初に知的な理解があります。その言葉の意味を理解するという段階です。この段階で読んでいるときは、読んだものが頭に入るだけです。読んで楽しいという段階に進むためには、その語彙が語彙として意識されないぐらいに慣れていく必要があります。
しかし、その語彙を自分が文章を書くときに使えるようにするためには、更にその語彙に慣れなければなりません。その言葉が自分の手足のように自由に動くようになって初めて、読む力が作文の力に反映するようになります。
言葉を知的な理解から身体的な理解に進めるためには音読が有効です。言葉を単なる情報としてではなく、音として発声し声として聴くことでその言葉が自分の身体の一部のようになってきます。音読以外にも、ある文章を味わいながら何度も読むと、その文章が自分の体の一部のようになってきます。そういう意味で、何度も読みたくなるような本を持つことは、読書力だけでなく表現力も向上させます。
文章がうまく書けないと感じるときは、まず自分が書こうと思っている文章のジャンルの本をよく読んでいるかどうか自問してみることが大切です。そして、自分が書きたいジャンルの文章で何度も読みたくなるようなものを見つけ、それを繰り返し読んでいくことです。
中学生や高校生で、小論文を書く力をつけたいという場合は、やはり入試の国語の文章が参考書がわりになります。いい文章に出合ったらその作者の書いた本を読むようにすると、書く力がついてきます。
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志望理由書と自己推薦書の違いは何かということをときどき聞かれます。
違いはありません。要するに、学校側は、いろいろ書かせて、その人のことを知りたいということですから、志望理由書は理由書らしく、自己推薦書は推薦書らしく書いてあればいいのです。
しかし、書き方の形式がないと書きにくいと思うので、言葉の森では、次のようなスタイルで書くことをすすめています。
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私が○○を志望した理由は三つあります。
第一は……です。(例えば、意欲や関心がある。その具体的説明)
第二は……です。(例えば、能力や適性がある。その具体的説明)
第三は……です。(例えば、将来の目標との関連。その具体的説明)
まとめ(一般化の主題で、「学問とは……」「大学とは……」「人間は……」など)
====
ところが、大事なのは形式ではなく中身です。よく、この志望理由書や自己推薦書を、そつのない手紙のように書く人がいます。あらが見えないように書くことが目的なのではありません。自分のよさをアピールすることが目的です。
志望理由書を形式的なあいさつのように書こうとする人は、形容詞や副詞で字数を埋めようとします。しかし、こういう志望理由書は読み手に訴えません。不要な部分はできるだけ省き、そのかわり、限られた字数で自分の体験を入れるように書くことが大事です。
その自分の体験も、ただ体験を書けばいいというのではなく、個性・挑戦・感動・共感のある体験を書く必要があります。その際、裏づけとなる客観的なデータ(人数・年数・役職名など)があればなお説得力があります。役職は、大きい組織の副会長をするよりも、小さい組織であっても会長をしている方がアピールします。また、古い体験よりも新しい体験の方が重要です。ときどき大学生のエントリーシートで、「私は高校のときにこんなことをがんばりました」と書いてくる人がいますが、そういう書き方をすると逆に「では、大学生のときはそれ以上にがんばることがなかったのか」と思われてしまう可能性があります。
体験実例は、面接のときに聞いてほしいことにつなげるように書くのがこつです。逆に言うと、志望理由書に書いた内容はしっかり覚えておき、面接で質問があれば、更にいい話を言えるように準備しておくということです。
さて、内容がよくても、誤字があったり文章が滑らかでなかったりすれば、印象は悪くなります。中学入試や高校入試の場合は、親が手助けして書いてあげる必要があります。
学校によっては、学校長や第三者の推薦書を要求するところがあります。私(森川林)がだれかに推薦書を書くことを頼まれたら、本人に推薦書の下書きを書いてもらい、それにOKを出すような形にします。第三者の推薦書を要求するような無意味なことをなぜするのかというと、その学校におごりのようなものがあるからだと思います。
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ありがとうございます。
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来年から毎月第4週の勉強を次のようにしていきます。
これまでは、清書として、自分がその月に書いた作文の中でよくできたものを書き直す勉強でした。手書きの清書はHPに掲載していました。
新学期からは、読解の問題を中心に勉強をします。読解の問題に時間がかかる場合、手書きの清書はしなくてもいいです。
また、手書きの清書にかわって、パソコンで清書を入力できる場合はパソコンで入力してください。手書きの清書はHPに掲載しませんが、パソコンの清書はHPに掲載します。
清書の優秀作品は、手書きの清書も含めてこれまでどおり印刷します。
読解問題の対象学年は、小学1年生以上です。幼稚園生の方は、これまでどおり清書(作文)を書いていってください。
この変更の理由は、
・手書きの清書を今の日程でスキャナ読み込みしてアップロードすることが難しくなったため
・手書きの清書は1ヶ月しか保存しないが、パソコンの清書は何年でも保存できるので、指導のアドバイスがしやすくなるため
・読解問題や記述問題を作文の勉強と並行して行うようにしたいため
です。
今回の11.4週は、まだ読解問題はありませんが、どういう問題が出るのかという参考のために、問題例と解答を11.4週の「山のたより」に掲載しています。この問題は提出する必要はありませんが、時間のある方は試しにやってみてください。
今回の問題例は、問題文も少なく選択式の問題を中心にしていますが、新学期からの問題は問題文も増え記述式の問題も入れていきます。
なお、この変更に伴い、読解マラソンのページの問題は、この毎月第4週の問題に統合していく予定です。
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11.4週の清書から、次のように変更します。
| これまで | これから |
|---|
・手書き清書→1か月分のみHPで閲覧可(小2以下は印刷配布)
・パソコン清書→すべての月にわたってHPで閲覧可
・優秀作品→小3以上の手書き清書パソコン清書から選抜して印刷 | ・手書き清書→HPでは閲覧できません(小2以下の印刷配布もありません)
・パソコン清書→すべての月にわたってHPで閲覧可
・優秀作品→全学年の手書き清書パソコン清書から選抜して印刷 |
したがって、手書きの清書はHPで見られなくなりますので、残しておきたい場合は、先生に提出する前にコピーをとっておかれるとよいと思います。
また、清書は、できるだけパソコンで入力してHPにアップロードしておかれることをおすすめします。
以上の変更の理由は、(1)生徒数の増加により手書きの清書を毎月HPにアップロードすることが日程的に難しくなったため、(2)パソコンで入力した清書が蓄積されれば指導のアドバイスがしやすくなるため、です。
なお、今後、毎月第4週は、読解問題(及びできる人はパソコン清書も)という形を検討しています。
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中2の長文集(10.2週)の中に、「学校とは一点から一点への最長距離を教えることである」という一文があります。これは、勉強の本質を表しています。勉強で大事なことは、答えを出すことではなく、どのように答えを出すかというその方法です。答えではなく、答えを出す過程を学ぶことが勉強です。
私(森川林)の話ですが、昔は、勉強の方法などを知らなかったので、高校生のころ、解けない数学の問題を何時間も考えて夜の街を散歩したことが何度もあります(笑)。今考えれば、すぐに解法を見てあるいは聞いて、その解法をまるごと理解するのがいちばん能率のよい勉強法だと分かるのですが、そのころは真面目に、問題は自分で考えて解かなければならないと思っていました。しかし、そういう回り道の経験があるせいか、今でも何か問題があると、自分で考えればそのうちよい答えが出るという考えを持つようになりました。それが欠点になることもあると思いますが。
「葉隠」という本に、「分からないことの中には、分かるようにしてあるものもあり、また自然と分かることもあり、どうしても分からないこともある、それが面白いことだ」という言葉があります。これは、自分でよく考えた人の言葉だと思います。しかし、同じ「葉隠」に、「本当の知恵は他人に聞くことだ」という言葉もあります。これもまた、真理だと思います。
教育評論家の和田秀樹氏と、数学者の森毅氏の数学に対する考え方は、対照的です。和田氏は、解けない問題は考えずにすぐに解法を見て理解せよ、という考えです。森氏は、解けない問題はむしろ考えることを楽しめ、というような意見です。しかし、両者の意見は対立しているのではありません。受験勉強のような能率を重視する勉強では、早く解法を見て理解することが大事です。しかし、ここで能率を上げて余裕のできた時間を、本当に考える問題を解く時間にあてるということなのです。これが、無駄のある教育です。
では、その無駄のある教育とは、どこで行われるのでしょうか。それは、対話と経験と読書の中においてです。
小学生のころの勉強は、時間をかければその時間に比例してよくなります。しかし、そこで必要以上に時間をかけるよりも、能率のよい勉強法を心掛けて、あるいは勉強はいったん脇に置いておいて、対話や経験や読書の時間を確保することが、家庭で行う本当の教育になると思います。
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