これからは、家庭学習の時代です。
学校教育では、多様な生徒をひとつの教室で一斉指導することがますます難しくなっています。
学習塾では、テストの成績を上げるための勉強になっているので、長時間の詰め込みと競争が増え、かえって子供たちの本当の学力(思考力や創造力や勉強に対する意欲)が育ちません。
しかし、家庭での学習というとき、親もまた従来の教育のスタイルを踏襲してしまうことが多いのです。そのいちばん多いパターンは、学校ごっことか先生ごっことかいう言葉で表されるようなスタイル、つまり、親が先生の代わりになって子供に教え込んだりテストで評価したりしてしまうことです。
親が先生の代わりに教え込む弊害は、第一に親の負担が大きくなることです。そのため第二に、子供を叱る場面が増えることです。第三に、子供が受け身の状態で勉強することです。そして第四に、だから子供にとって勉強が面白くないものになることです。親はたびたび怒り、子供はやる気がなくなり、しかも成績も大して上がらず、という状態に、家庭学習は陥りやすいのです。
かといって、自宅でできる通信教育のようなものを利用しても、それらの教材は子供がやりやすいようにはできていても、力がつくようにはできていません。
ドリルをやって力がつくなら、すべての子は力がついているでしょう。そうならないのは、もうひとひねり大人の工夫が必要だからです。例えば、できなかった問題だけチェックして、2回、3回とくりかえすような工夫です。ところが、そうい工夫とセットになっている教材はまずありません。だから、家庭学習は全く新しい勉強の仕方として根本から作りかえる必要があります。
小中学生の子供たちの学力をつける最も重要な教科は国語です。国語力は、理解力、思考力、表現力、創造性を総合したものです。国語力がある子は、頭のいい子であり、大学に入ってからも社会に出てからも活躍できる人になります。
しかし一方、国語は現代の入試のやり方では、数学や英語ほどには大きな差のつかない教科です。今後は作文小論文試験が増えるので国語も数学、英語以上に大きな差のつく教科になってくるかもれませんが、現行の普通の入試では、数学と英語の得点力が合否に大きく影響します。
だから、これからの家庭学習は、国語、数学、英語をバランスよくやっていく必要があります。(つづく)
今、先進国の経済は行き詰まっています。それは、単に新興国が追い上げているからではありません。先進国が進む道を探しあぐねて停滞しているところに、後ろから新興国が迫ってきているからです。つまり、問題なのは、先進国がこれから進むべき新しい道を見出していないことなのです。
しかし、その道は、従来の工業社会の道とはかなり違ったものです。工業の時代は、不足の時代でした。道路も、橋も、カラーテレビも、クーラーも、自動車も不足していたから工業化が要求されていました。その工業化の本質は、より少ないコストで、より付加価値の高い製品を作り出すことでした。そのコストの大きなものは人件費でした。だから今、新興国が追い上げている背景には、低賃金の労働力という要素があるのです。
ところが、人件費とは、それを受け取る側から見れば給与です。今の工業化社会の行き詰まりは、特にほしい工業製品がなくなってきたということもありますが、それ以上に、工業生産の本質的なところから生まれています。それは、作る人はいるが、買う人がいないという構造です。
工業社会の究極の姿は、ほとんど労働者のいない無人化された工場で次々と低コストの工業製品が生産されていくことです。しかし、それを買うだけの所得を労働から得られる人もまたいなくなっているのです。
工業社会から新しい社会に移行するときの重要な条件がここにあります。新しい産業社会は、低コスト・低賃金・高付加価値のパラダイムから脱却して、低コスト・高賃金・高付加価値の仕組みをもとにしなければなりません。未来の産業とは、できるだけ多くの雇用を生み出す産業です。更に言えば、できるだけ多くの生産者を生み出す産業が未来の産業なのです。
消費者が単なる消費者にとどまるのではなく、生産者にもなりうるような消費とは一体何でしょうか。それが創造文化産業です。一人一人が自分の個性を生かして、個性という主観的な価値を創造性という普遍的な価値にまで高めていくことが未来の産業の土台となるのです。
では、そういう社会で、人間の労働が果たす役割は何でしょうか。それは、低賃金で長時間従順に働くことではありません。そういう働き方はそれなりに美徳でしたが、もともとそれらの労働は、機械によって代替されるべきものでした。人間にしか果たせない役割とは、新しい価値を創造することです。
これまでの社会における教育は、英数国理社すべてに満点が取れるような人間を育てることを目標にしてきました。それは、もちろん悪いことではありません。しかし、それがゴールであった時代はもう終わりました。これからは、その先にある、自分にしか作れない新しい価値を創造できる人間を育てることが教育の目標になります。
今の大人の世代は、工業時代の価値観の中で成長してきたため、新しい個性的な価値を創造することが得意ではありません。日本が新しい産業社会に向けて離陸するには、創造的に生きることの大切さを学んだ子供たちが成長していくことが必要になります。今日の教育に求められている最も重要な課題は、創造性を育てる教育をしていくことなのです。