古い勉強法と新しい勉強法のいちばんの違いは、意欲の持たせ方にあります。
言葉の森では、子供たちが、自分の書いた作文がどういう位置にあるのかわかるようにするため、字数のグラフや、森リンの点数を表示しています。作文とは、先生の主観的な評価になる面が強いので、できるだけ客観的な指標も作るようにして、勉強の目標にしているのです。
しかし、これは、競争を煽るためにしているのではありません。今の社会では、競争を煽るような形で励ますと、子供たちは、かなり燃えます。しかし、これは、その場の一時的なゲームのようなもので、コンスタントに競争で意欲を掻き立たせることはできません。
ところが、子供が競争に意欲を持つと、親はついその路線で更に競争させようとしてしまうことがあるのです。
競争が常に勝ち続けるものであれば、競争による意欲というものもある程度は続くかもしれません。しかし、競争はもともと相手がいるものです。相手も自分と同じように努力する人間であるのに、自分だけが毎回勝ち続けて、相手が負け続けるということはありません。競争の場では、互いに勝ったり負けたりしながら進んでいくのが普通です。
この競争で勝ったり負けたりすることが、互いのコミュニケーションを深めるものであれば、それは子供たちの意欲に結びつきます。しかし、それは競争による意欲というよりも、触れ合いの喜びによる意欲のようなものです。
競争で勝つことや競争で負けないことを意欲の源泉にしようとすると、破綻が来るのは早いのです。
以前、森リン大賞で上位になった小学校中学年の子が、すごくやる気を出して、次はもっと上位を目指すとがんばったことがあります。ここで、本当は親が止めないといけないのです。「上位になったのはすごいけど、別に人に勝つのがえらいんじゃないんだから、自分らしくしっかり書いていればいいんだよ」と言ってあげることが大切なのです。
ところが、子供が競争に意欲をもって取り組もうとすると、親はつい、「よし、じゃあ、次はもっと上位を目指してがんばろう」と合わせてしまいがちです。この場合も、親が子供をがんばらせたのはいいのですが、競争の場というものは、みんなも同じようにがんばっているので、自分だけ毎月順位が上がっていくなどということはありえません。結局、その子は、順位がなかなか上がらないことから、かえってやる気を失ってしまったのです。
競争は、人間にとって真の喜びではありません。競争が持続的な喜びになるのは、その競争に友達との楽しい触れ合いという要素があるときです。
小学生の子供たちが作文を書くときに、意欲に結びつくのは競争による刺激ではなく、身近な人の関心です。お父さんやお母さんが、その子の作文を読んであげ、その作文のいいところをできるだけ見つけて声をかけてあげることが最も確実で持続する意欲になります。
競争ではなく、触れ合いや関心というものが、新しい勉強法の一つの大きな要素になっているのです。
日曜日に、天野敦之(あまのあつし)さんの
「宇宙とつながる働き方 経済を回復させるたった一つの方法」を読みました。天野さんは、一橋大学を出て証券会社などに勤務したあと、現在公認会計士事務所を開いている人です。
この本に書かれていることは、これからは個人の利益追求ではなく、全体とのつながりを取り戻すことが大切だということでした。私はこの本を読んで、経営の最先端で仕事をしてい人からこういう提言がなされる時代になったのだと、世の中の流れの大きな変化のようなものを感じました。
ちょうど、同じ日に読んだ本が、佐藤優(さとうまさる)さんの
「日本国家の神髄」でした。これは、戦前に出ていた「国体の大義」を、佐藤さんの考えを盛り込みながら解説した本です。この本に書かれていることは、日本文化の伝統の最も根本にあるのは、欧米の孤立した個人主義とは正反対のものだということでした。
現代の経営書と戦前の思想書が、不思議にも共通した問題意識で書かれていたのです。(こういう発見があるのが
「パラレル読書」のいいところです。)
現在の日本社会のさまざまな制度を形作っているものは、ばらばらの個人の対立する利害を調整するという欧米文化を反映したものです。日本には、もともと社会全体をひとつの家族のように見なし、互いの思いやりと察し合いで社会を運営しているという伝統がありました。これからは、そういう日本のよさを再構築する時代なのだと思います。
さて、現在の教育も、欧米流の孤立した個人という考えに立脚したものとして運営されています。その表れが、競争に勝つための勉強、点数を上げるための勉強、報酬を得るための勉強という考え方です。この考え方に基づいて子供たちに意欲を持たせようとするのが古い勉強法です。
新しい勉強法は、次のような考え方に基づいています。競争に勝つためではなく社会に貢献するための勉強、点数を上げるためではなく自己を向上させるための勉強、報酬を得るためではなく創造を楽しむための勉強です。
そして、この新しい勉強法が最も求められているのが作文の勉強なのだと思います。